昨夜降っていた雨は上がり、空には晴れ間がのぞいています。
思っていたよりも冷え込みはなく、空気は湿気を含んでいるものの視界はすっきりとしています。
今日は、これまで相談していた方から、事務所の退去文の作成指導を受けます。
どうやら内容証明で送りつけるという類の物のようです。
こちらには非はなく、再三の追い出しにより仕方なく退去、といった内容です。
最後に、このことにより、弊社は大変な被害を被っている、と結ぶそうです。
対決姿勢が鮮明です。まるで、韓国と日本の防衛省そのもののような気がします。
確実に言えることは、どちらかが事実と違うことを公言しているということですね。
それぞれの立場はあるものの、どんなときも正直でありたいと思います。
相手を貶める行為というものは、相手への思いやりや真摯に向き合う誠意すら感じられません。
自分の行為を正当化したい我が身勝手な言い訳にすぎません。
自分が投げた羨望や嫉妬にまみれた石は、いつか必ずブーメランのように自分に返ってきては頭を直撃します。
欲求を叶えられなくなったり、大切にしている機会を奪われたりと……。
世の中そういうものだと、まわりを見ていても実感としてあります。
今日は、グループ・レッスンの3回目です。
初心者の皆さんのレッスンですが、中でも私が一番ダンス歴が短いダメダメです。
皆さん仲良くしてくださり、息苦しさを感じたことはありません。
レッスンが終わると、背中に軽く汗をかいています。
これまでに小さいものを含めると3回ダンスパーティーに参加させて頂きました。
その中で、一つだけ気になることがありました。
それは、できる人はそれなりにできる方を選ぶ、ということです。
その方は、高齢の女性で、椅子に座っている時間の方が長いのです。
そこは、私も同じですが……。
バイクのツーリングでも同じ思いを感じたことがあります。
排気量の差が大きくなればなるほど、気遣いが増え心から楽しめなくなります。
O・ヘンリーの小説に出てくるワーキング・ガールそのもののように見えて、私は手を差し出してしまいます。
踊れない自分を疎ましくさえ思いながらも、その方の笑顔を見ていると、とても嬉しくなります。
自分の思いに気づいて欲しいと思う気持ちは、誰にもあるものです。
感覚はというものは、生活という“うすのろの鉄鎖”の中で、鋭くも鈍くもなりますが、根底にあるものには何ら変わりません。
嬉しいという気持ち、寂しいという気持ち……。
弁当を忘れた小学生が、皆から少しずつ分けてもらった結果、クラスで一番豪華な弁当になる、というような感じです。
小説に出てくるシャングリラ、チベット奥地にあるといわれるその場所は、私にとっての理想郷です。
『THRILL IS GONE』、B.B.キングの名曲です。
高校生の頃、何気なくつけていたラジオから聞こえてきて、一発でK.O.されました。
初めてブルースに触れた1曲です。
私は、この曲に誘われるようにブルースの泉にどっぷりと浸かるようになりました。
アルバム『コンプリートリー・ウェル』。

