今日は、未曽有の被害をもたらした震災のあった日です。

 

今までにないほどのドスンという衝撃に、飛び起きたのを覚えています。

 

両親もリビングへと下りてきていました。

 

 

震災を経験した神戸の方たちが、励ましの手紙を昨年被害を受けられた方たちへ送っておられるとのことです。

 

暗闇の中に差し込む一筋の光ですね。

 

悲嘆に暮れる中で、誰かはわからない方からの手紙を手にして、希望や勇気を抱く。

 

よくわかります。

 

そのことがきっかけで、文通をされている方もいらっしゃるといいます。

 

誰かとつながっていたい、誰かに関心を持ってもらいたい……。

 

忘れ去られることが、いちばんの苦痛であり、また耐えられない辛さでもあります。

 

文通(メール)をはじめることで、これまでとは違う日常が訪れます。

 

 

私も文通(メール)のやりとりを重ねることで、豊かな弾みをもらっています。

 

文字を追いながら、相手を想うことはとても素晴らしいことだと思うのです。

 

“スタンダード”と呼ばれる曲の歌詞には、手紙の素晴らしさを伝えてくれるものが多くあります。

 

 

献血もその一端です。

 

自分のできる範囲で、少しでも貢献できれば、という思いで、献血カードをカバンに入れています。

 

 

今日は、社交ダンスのグループレッスンの2回目です。

 

先生が明るい方ですし、生徒さんも気持ちのよい方ばかりでとても助かります。

 

前回は、ブルースとジルバ、あとワルツでした。

 

楽しみです。

 

先日、個人レッスンで、ちょっとやらかしてしまいました。

 

というのも、私の前の生徒さんに「さっきのはワルツですか?」、と尋ねると、

「スローのつもりだったんだけど、ワルツっぽかった?」、と笑顔で返してくれました。

 

よく話しかけてくれ、いつもパーティーでも気遣ってくれる年配の紳士です。

 

 

欲しいと願っても、決してお金では買えないもの……。

それは、何気ない人との繋がりなのかもしれません。

 

――窓を閉じて 灯りを消してくれれば

大丈夫 心配する必要さえなない

すてては終わり、また始まるのだから――

 

ボズ・スキャッグスの『We are all alone』の歌詞の一部です。

このところの雨のように、心に滲みます。

リタ・クーリッジが歌うと、人生の凄みと奥行きがさらに増しますね。

たまらなく好きです。