にゃんカフェ平蔵。(六) | 潤 文章です、ハイ。

潤 文章です、ハイ。

俺のペンネーム。ジュン・フミアキである。

にゃんカフェ平蔵。 ボンドの詩

キャンプDEナイトが実現したのは、じつに次の日。思
い立ったら即座。ボンドとはそういう雄猫。あまりの
強引さにミランはちょっとたじろいだのだが、それは
つまりいかにも雄の行動力。しかも大自然が相手だか
ら、本家007のようにチャラついたものじゃない。

猫のキャンプにテントはなかった。朽ち木を骨組みに
草を集めて屋根をこしらえ、つまりはシェルターをつ
くるわけだ。ボンドはガタイがいい。パワーがあるか
ら見る間にシェルターができていく。
内側に拾った藍染めの祭ハンテンを敷き詰めて寝床と
する。
「よし、おっけ、これで蛇は来ねえ」
ミランは首を傾げて言った。
「どうして? それ敷いて蛇が来ないって言えるん?」
ボンド、にやり。
「藍染めの染料を蛇は嫌う。アメリカ開拓時代のブル

ージーンは藍染めでね。いまの色は化学染料だからダ

メだが、向こうの荒野には恐ろしい毒蛇がわんさかい

るからね」

ミランはスリット目を丸くして、キラキラ輝く視線で
ボンドを見つめた。ミランは金沢の都会育ち。知らな
かったことをボンドはたくさん知っていそうだし、自
信に満ちた行動は見ていて『頼れる雄』をイメージさ
せた。
「またたびの葉に体を擦りつけておくんだぜ」
「うん、それぐらい知ってる」
またたびの葉の匂いは蚊除けになる。猫なら知ってて
当然なのだ。

火は、拾ったライターでつける。地面に立てて前足で
押さえつけるとカチッ。火がボッ。それに乾いた草を
近づけると火種ができ、集めた小枝に移してやると立
派な焚き火。さっそくニボシとまたたびの串焼きをつ
くって炎のそばに差していく。
で、別のニボシでスープをつくるのだが、鍋などない
から、ミカンの空き缶を使う。神通川の上流で水はい
くらでも手に入る。

今夜は見事な月夜であった。燃ゆる焚き火に二人並ん
で(もとい)二匹並んで、ミランは炎に揺れるボンド
の横顔を盗み見ていた。
まだちょっとおっかない。正面切って見つめられるほ
どミランはタフな猫ではなかった。
猫族は夜目がきくからランタンなんぞ不要。焚き火の
火があれば充分だ。
「ボンドさんも空手を?」
「俺はやらん。こう見えても元はプロ猫野球でキャッ
チャーだった。尻尾を傷めて引退したが、それからち
ょっと肥っちまった。ホームへのスライディングでス
パイクシューズで尻尾を蹴られて骨が折れた」
「へええ、野球選手だったんだね」
「まあな。東京の神宮猫球場なんかでハマ猫どもと戦
ったもんさ」
「ハマって横浜?」
「そういうこった。『読捨巨人猫』は強すぎて歯が立
たん。ハマ猫相手なら五分と五分。いい試合をしたも
んだ」
「じゃあ引退してから黒部に戻った?」
「いまは黒部リトル猫リーグでコーチをやってる。わ
んぱくな子猫どもがどうにも好きでね」

子供好きのやさしい人?(もとい)やさしい猫?

ミランは覚悟を決めて訊いてみる。
「結婚は? マジ独身?」
「そだよ、ずっと俺一人(もとい)俺一匹さ。若い頃
から野球づけだったし、身を固めた俺ってどーなんだ
ろと考えると、どうにも想像できなくてな。ま、タイ
ミングが合わなかったと言ったほうがいいかもだけど」
「それで寂しくないの?」
「寂しくないわけじゃ・・お、そろそろ焼けたぜ。ほ
れ喰え」
ニボシとまたたびの串焼き、それにスープ。焚き火で
つくった野趣あふれる料理がはじめてのミランにとっ
て、それは格別の味だった。
「きゃぁ、うんま!」
「だろ? ははは、うまいんだよコレが。ソロキャン
プは孤独を愉しむものでね。しみじみ喰うから、うま
さも格別。今夜はミランがいるから、なおうまい」
上目使いにちょっとはにかむミラン。またたび酔いが
ほどよくまわり、スリット目が丸ぁるく開いて妖しい
視線。

あのことを訊いてみよう。このボンドがどう言うか?
富山の牝猫友だちとは何となく付き合いにくいという
ことを。ボンドは串焼きを喰いながら黙って聞いて、
そして言った。
「それもこれも、いろいろひっくるめ、他人に(もと
い)他猫に突っ込みすぎるとわずらわしい。俺には俺
の不満もあれば疑問もあってね。だから独りになりた
くてキャンプする。だいたいにおいて自分と同質のも
のを相手に求めるからいかんのであって、だからとい
って迎合すればいいってもんでもない。ミランはミラ
ンでいいのだが、相手も相手でいいわけだから、そこ
はわかってやらないと。それに・・」
と言いかけて星空を見上げ、ボンドはふたたび言った。

「はっきり言うが、おまえの不満はそこじゃないだろ」
「・・どういうこと?」
どきりとしてナナメ視線で見るミラン。
「続けざまに男選びを間違えた。本質はそこであって、
その苛立ちを周囲にぶつけちゃいけないね」
ミランは言葉を探せない。図星である。面と向かって
言われてしまうと自分自身が情けなくなってくる。

猫族の結婚に婚姻届はない。気持ちが失せればそれま
でなんだし、遠からず気持ちの失せるような相手を選
んでしまった自分が口惜しくもなる。
ミランは串焼きに喰いつきながら、ちょっと笑った。
またたび酔いで白目が赤い。
「・・ダメなあたし」
ボンドもちょっと笑って横目に言った。
「旦那とは切れたのか?」
「切れた。おしまいよ、もう」

「だから俺と出会ったわけだ。うん」

「ンま! ボンドは女ったらしだから嫌い」
「それは本家007! 俺は黒部ボンド。強力な糊み

たいなもんだと思え」
ミランはドロン目。ふふんと鼻で笑った。
「よくも言いたいことズバズバ言ってくれたわよ。あ
たしだって傷つくんだから」
「いいじゃねえか、それならそれで。こういうことを
上っ面でごまかして意気投合したと錯覚するから男選
びを間違える。ミランにマジだからマジで言った」
ミランは唖然。ポカン口。くわえていた串焼きを落と
してしまったミランであった。

ボンドは夜空を見上げて詩をよむ。

 月に癒やされ 独りで眠る
 それもいい 
 もっといいのは 
 ミランに満たされ 眠る夜
 俺もそろそろ 独りに飽きた

「・・てな。ははは」

「糊にくっついてみようかなぁ・・ふふふ」

ポコっと軽い猫パンチをおでこにくらい、ミランは赤
い舌をチロと出した。