くノ一 早月(終話 下) | 潤 文章です、ハイ。

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俺のペンネーム。ジュン・フミアキである。

くノ一 早月 (終話 下) 満つる月

その夜、江戸を照らす月は丸く浮いて満ち足りた。
「御前様」
月明かりの庭先に片膝をつく甲賀のくノ一。
「かねてより探索中の伊豆は下田の旅籠『海風』でござ

いまするが」
「うむ、片付いたか?」
「いかにも。早月殿と香月殿の二名により壊滅。十数名

の手下ども、それに用心棒の浪人三人は赤児のごとく

ひねられ、かどわかされた女たちすべてが解き放たれ

た由」
「そうか。まあ、いずれにせよ武器の出所は食い止めら

れたということ。よかったとするしかあるまいな」
「御意」
「何か褒美をとらせよう。何がいいかの?」
「されば、わたくしごときが物申すことではござりませぬ

が、解き放たれた女たち、それから賊に襲われ孤児と

なった子ら、合わせて数名が桂妙院にて暮らす由。

早月殿がそれら者どもの面倒を」
「ほほう、里親というわけか」
「いかにも。そうしたことで近隣の者どもの力も借りて、

ボロクソ寺の隣りに新たな長屋を建てており」
「そうか、家までも」

幕府がもっとも恐れたのは鉄砲そのほか武器の江戸へ
の持ち込みだった。関所は、その監視のために置かれ
たといってもいい。武器の流入を阻止できただけでも
早月のお手柄。
それとひとつ。貧困によって売られる子ら、あるいは山

賊野盗に襲われて孤児となる童たち。そうした者どもは
いずれ悪に加担することが多く、幕府としても捨て置け

ない。
老中、橋上辰ノ進は、ちょっと考え、そして言った。
「早月に伝えよ。この短い間によくも土地になじんでくれ

た。その子らのことも、くれぐれも頼むと」
「はっ」
「千両箱を持って行け。わしからの褒美じゃと。経理担

当には伝えておくよって出金伝票扱いでよい」

謙吉がお里を伴って早月の前に来たのは、その次の朝
だった。
ボロクソ寺の隣りに長屋のような家ができ、勘太そのほ

か皆はそちらに寝泊まりする。早月と香月は寺の本堂。

そこにも手が入れられて見違えるように造作された。
下田の悪徳商人から解き放たれた女三人と孤児となっ
た女児二人も加わって新しい暮らしがはじまったばかり。

本堂で朝餉を終えて皆が長屋へと戻って行き、謙吉と

お里だけが本堂に居残った。
早月の前に二人並んで正座する。お里の頬が上気して
いる、そんな様子から香月はにやりと笑って席を外した。

「何だい何だい二人とも、かしこまっちまって?」
謙吉が正座をする膝で拳を握り、お里は横で顔を真っ赤

にしてうつむいている。
「オラ、お里ちゃんに言ったんだ。オラの嫁になってくれ

って。そしたらお里ちゃん、おっけって言った」
お里は真っ赤な顔を両手で覆った。
謙吉は言う。
「けどオラ、村へ戻らんといかん。いつまでもここにはいら

れねえ。お里ちゃんを連れて行く」

早月は涙を浮かべて聞いていた。くノ一ではない女の道

を歩んでほしい。
「任せていいんだね?」
「引き受けた、オラの女房だ、オラに任せろ」
お里は嬉しい。涙がこぼれる。早月は黙ってうんうんと

うなずいた。
そうと決まれば話は進む。さっそく支度して出て行く二人

を皆で見送り、姿が見えなくなった頃合いに勘太が香月

に言った。
「オラ、弓を覚えてえんだ」
「ほう、それはまたどうして?」
早月もそばにいて勘太を見つめる。幼い目がキラキラ眩

しい。生きる気力に満ちた目だ。

勘太は言った。
「謙吉兄さんがいなくなる。森に入って狩りがしてえのと、

それよりオラ、強くなりてえ。ここで男は先生とオラしか

いねえ。オラももう童じゃねえ。強くなって守りてえ。まず

は弓から。先生にゃ剣も習いてえ」
そのとき傍らにいた、お京と言う女が言った。お京は勘

太の村の娘じゃなかった。よそでさらわれて遊女にされ

た。歳は十九。背が高く器量のいい娘である。
「なら、あたしも。早月姐さんの腕前を見せつけられて、

あたしも強くなりたいって思ったの。身を守れる腕になり

たい。そうすりゃ家族だって守れるだろ。行くあてのない

あたしにとっちゃ、ここの皆が家族みたいなもんだから」
早月は胸を熱くしながらも、とっさに香月へと目を流した。

くノ一の真似事はさせたくない。剣になど触れてほしくは

ない。しかし確かに護身という意味でなら少しは使えた

ほうがいい。

香月は思う。武芸の修行は辛いもの。しかしここにいる

者たちは、何かに打ち込み、だから忘れられるものが

ある。汗だく、傷だらけ、悲鳴を上げてのたうち回る。

強くなると決めて励む強い意思こそ必要なのだと。
「いいだろう。弓は早月に習うがいいぜ。剣は俺が。
ただし言っとく、修行は甘くないぞ」
早月に向かって香月はうなずくそぶり。早月は言った。
「わかったよ。あたしは弓、吹き矢、投げ矢もあるしね」
そうなると稽古着がいる。男の勘太はいいが女たちに
は生成りの忍び装束を着させたい。木刀それから木槍、
そんなものも必要となるだろう。
その中で弓だけは、お里が残していったもの、あのとき

謙吉がつくった新しい弓矢がある。

早月は言った。
「皆にはほんとのことを言っておく。あたしは元は風魔

のくノ一、早月だよ。やると言うなら本気で仕込む。旦

那じゃないけど甘くないよ」

すると香月がちょっと笑って横から言った。
「俺も皆に言っておく。旦那じゃないけどと早月は言っ

たが、俺は早月の旦那だからな。夜の寺には立ち入り

禁止だ、わかったか」

このとき早月は、肩の力が抜けてぼーっとしていた。

勘太は、ませたクソガキだった。
「修行は甘くないけんど、二人しっぽり甘いんだよ・・

ってか? ぃひひひ!」

早月は横目に勘太をちょっとにらみ、香月はそっぽを
向いて笑い・・すると勘太のやつめ、こんどはきっぱり

言い放つ。
「なら、オラも言っとくぜ。もう早月姐さんとは呼ばんか

らな。独りぽっちになっちまったオラを抱っこして寝て

くれた。嬉しくて泣いちまった。姐さんのこと、おっかさ

んだとオラ思う」

早月と香月、月と月が重なる夜が訪れた・・へへへ。



●ま、つーコトで、ここらでおしまい。