毎日感謝していることを3つ投稿し、5日後の最終日には次の3人につなぐ!!
という感謝のバトン 私の感謝は「経験できたことへの感謝」


5日目の 弐 「サムシンググレート」


誰かいるのだ。誰かといわれると顔を見たこともないし、
イメージらしいビジョンしかわからないが
それもただの私の勝手な想像かもしれない。


が、ものすごいタイミングで 声をかけてもらって
死にかけて死ななかったことが2度もある。


私の意識とは違う声が聞こえるし


でも私が暇なとき話しかけても話し相手になってくれるわけじゃない。

スーパーの買い物リストを集中して書き込んでると
うれしそ~に「おとめ座ちゃ~ん」と私
の名前を脳内で叫ぶ自分と違う意識で
時々びっくりさせられる。あれ、絶対手降ってるよね。


誰だかわからないが、
長い間いつもありがとうございます。
これからも 楽しく精進させていただきます。
人は一人ではないんだなということを
体感させていただいています。


私が見たくないものに蓋をしてると、
解決するようわざわざ蓋開けて見せてくれる
そのストイックさが癖になり始めた今日この頃。

これがやっぱり私の気のせいならば、きっと私は病院に行ったほうがいいのだろう、、
毎日感謝していることを3つ投稿し、5日後の最終日には次の3人につなぐ!!
という感謝のバトン 私の感謝は「経験できたことへの感謝」


5日目その壱 『アメリカに来て出会ってるすべての人』



アメリカに住んでかれこれ15年になる。時のたつのは早いもので

あと何年かすれば

日本で仕事をしていた年数よりここでの生活のほうが長くなり


両親と同じ屋根の下生活していた年数よりここでの生活のほうが長いのだ。

ほとんどの日本人が自国で生まれ自国でその一生を終えるというのに

私には、どうやらここでやることがあるのだろう 帰る実家さえなくなってしまった。


住めば都とは言ったもので
日本では怖くて運転できなかった車を乗り回し
この国で働き 税金を納めている

老後はやはり日本がいいとか
アメリカの医療のことを考えると日本に帰りたくなるとか
ここにいる日本人は 1度や2度そんな話で盛り上がるが

きっと私は ここにいるだろう。

私にとっては、どこに住むというより
そこにだれがいるか ということのほうが重要だからだ。

「対面同席五百生」(たいめんどうせきごひゃくしょう)と読む

対面し、同席している人は、最低でも五百回、人生を一緒に過ごしているという意味。

縁のある人は、これまで前世で何百回と一緒に過ごしてきた仲間。

他人という名の家族であり、家族という名の他人でもあるという意味。

別に私は仏教徒ではないが お釈迦さんのこの言葉が好きなのだ。


15年の間このサンディエゴで
いろんな方とのベストタイミングなご縁で今に至る。

ここでみんなで支えあって協力し合って生活している今を
とても幸せに感じております。


毎日感謝していることを3つ投稿し、

5日後の最終日には次の3人につなぐ!!

という感謝のバトン


私の感謝は「経験できたことへの感謝」


5日目の参

「ありがとうの意味=有難し、、人が生まれるということは

驚きと感動を覚えるほど難しいことで、

いずれ寿命は尽きることになりますが、

生きて今ここに居ることは有難いことです」という意味。



バトンをしてみよう!と まずは、ノートに感謝をあげてみたら

自分がいかに恵まれた環境で生活しているかということに改めて気づかされる。

その反対に最後まで頭をよぎらなかった

私の中では今一歩感謝をしていなかったらしいことにも気づかされ

1人で笑ったりした。

ありがとね。感謝の整理整頓ができたよ。
毎日感謝していることを3つ投稿し、
5日後の最終日には次の3人につなぐ!
という感謝のバトン

私の感謝は「経験できたことへの感謝」
4日目 のその参 「日本語教室」

「あなたたち生徒がいなければ
私はただの日本語オタクだ。」」

私は、日本語が好きだ。
こんなにも言語文化で吸収力のある国は
そうないであろうと思っている。
1冊の本を翻訳しようとしたとき、
日本語ほど世界中あらゆる国の言語までも
翻訳可能な語彙の多さを持つ言語だということを
ご存じだろうか。


中国から文字が伝わってくるまでは、
耳コピが主流であったというから驚きだ。

中国から伝わってきた言葉は音読みに。
それだけでは日本の魂を表現したりないので訓読みも。

「漢字って形がいまいちかわいくない~」と
大昔の中二病がかわいく流行らせたのがひらがなだ。

江戸時代の日本語はダジャレのオンパレードで。

日本の行事のほとんどは神を祀る神事と厄払い。
そこから生まれた言葉も多く。
日本人のスピリチュアル、占い好き人口は
今に繋がっているように思う。

外国から入ってきた言葉はカタカナに、
しかしカタカナを読んだところで
英語とはアクセントが異なってしまい
全く通じない日本語英語が誕生する。

アメリカの様に 映画の撮影で
実際に交差点で爆破撮影などできない国だが
漫画の世界で
それを超えた表現方法を作りだした「オノマトペ」。

しかも行間や「、、、、」なんて
言葉ではない部分まで日本人には気持ちが読めてしまうなんて
日本語って最強だと思う。

現在 趣味が高じて日本語を教えている。

だが、日本語はこんなに熱く語れるのに
英語は何年たっても毎朝、初期設定に戻されるようだ。

それを置き換えると、
日本語が苦手だという子供の気持ちだけは、
理解できるのでいいとする。

日本語のクラスの当日まで
分刻みのスケジュールを立て
どこから質問が飛んできても返せるようにする作業は
毎回 心地良い緊張を伴うが、
クラスが終わった後の充実感と達成感は
それが何倍にもなって戻ってくる。


生徒の君達がいなければ
私はただの日本語オタクだ。

継続は本当に力になっていることを
目の前で体感させてもらえている。
毎日感謝していることを3つ投稿し、
5日後の最終日には次の3人につなぐ!!
という感謝のバトン

私の感謝は「経験できたことへの感謝」

4日目の弐 「娘」

「子育てってブリーダーに似ている」

子育てをするまで 子守もしたことがなく、
子供と無縁の職業だったため
特に興味も無かった。

こんな私に子育てが出来るのか。
きっと周りも相方もそう思っていただろう。

しかし意外にも 月9のドラマ以上に はまる結果となる。

昨日出来なかったことが今日はいきなり出来るのだ。

その衝撃といったら 、
人ひとりの人生の、
しかも当の本人は全く覚えていない時間を
世界で自分だけ 「子育てしている特権」として
独り占めできるのだ。
その上私は、この小さな人に
何の疑いもなく100%信用され愛されている。
ぃ、、いいのか、、私で、、責任は、重く大きい。


もぞもぞしているだけの幼虫のような姿から

泣き叫び 投げ飛ばす怪獣へと変貌し

その後 指定したものをとってくることが出来る
犬の様になり

ひと時も目が離せない猿となる

しばらくすると 宇宙人のような
意味不明のなん語を話し出し
乗っている車の中で
「ママ、なんでお月様はこの車についてくるの?」
とかわいいことを言い始める。

わが娘もすくすくと
大きくなっても「宇宙人感」を保ったまま成長した。

彼女に出会っていなかったら
私の人生はペラッペラだっただろう。

私の人生をさらに濃密に、刺激的に、
忍耐強く、さらに彼女は、
新しい家族の形を作るキーパーソンにもなっている。

彼女の「宇宙人感」は、
我が子であるが「お預かりしている」感がいなめない。

あなたの母は、勉強も親の前でも
良く出来た娘であったこともなく、
毎年あなたが年を重ねるたび
その年齢が初めての子育てである。

だが、夢を形にしたことがあり、
夢の職業で食べていく大変さと
そのために必要なのは、
何かになることではないということを知っている。

ちょっといい加減な母のほうが 子供は自立しやすいものよ。

私の子育てに物申したいことがあるなら
それを忘れずしっかり記憶して、
自分の順番が来たときそれを生かせばいい。

いまの私がそうしているように。
毎日感謝していることを3つ投稿し、5日後の最終日には次の3人につなぐ!!
という感謝のバトン 私の感謝は「経験できたことへの感謝」

4日目の壱 「日本で出会ったすべての人」


フェイスブックを始めて見たら

「日本で大変お世話になった大好きな人達」が

皆それぞれいろんな形で飛躍され大活躍されている姿を

タイムリーに見て かる~く衝撃を受けた、、

「私ここに来て何か成長したっけ、、」と

「、、車も運転してるし、働いてんじゃん! 私のことも 育ててるし、、」
と娘になんだか慰められた(笑)

みんなが活躍している姿は今の私の勇気になる。


「 あなたに あの時 あの場面で話した些細なことや

ちょっとだけ背中を押してもらったことは、今の私につながっています。

あなたに出会ったことは、今の私の原点です。 」
毎日感謝していることを3つ投稿し、
5日後の最終日には次の3人につなぐ!!という感謝のバトン

私の感謝は「経験できたことへの感謝」

「家族は絶妙なバランスで揃えられたタッグチーム」

3日目の参 『相方』

日本で 悠々自適の独身生活を送っていた私。
夢を成功に収めたにも関わらず、 これでいいのか?
と、目の前に立ちはだかる人生の壁を前に、
将来に不安を覚えていた頃

「株式会社「家族」を作るため 君も参加しないかい!」

と相方にヘッドハンティングされ
日本脱出~と叫び 渡米。下請け会社「娘」が誕生し、
将来「のれん分け」となる日まで、
株価は多少下がりながらも現在に至る。

株式会社「家族」社長に就任した相方と
秘書兼副社長を兼任している私

簡単に言うと、 立ち位置的には、

「バイキンマンとドキンちゃん」だ。

娘の誕生で、 自分の人生は
ぺらっぺらだったことに気付かされたのならば

相方はフィットネスクラブの
一番きついトレーニングマシーンといったところだろうか、、

二の腕にいい感じの筋肉がついてきたと 喜んだ矢先に、
背筋マシーンを持ってきて
次の日には歩けないほどの筋肉痛になるような

私にとっては、永遠に終わらない加圧トレーニングマシーンのような方。

おかげさまで今では、
多少のことでは筋肉痛にもならず
筋肉痛になるほどの痛みを恐れることもない
ボディービルダー体形のドキンちゃん
に仕上がりました
人生の道をいろんな方法で道草を食ったとしても
あなたに出会うことは自分で決めていたと思います。

とても未来的だと思うこの関係を
さらに変化、変容すべく
今後のお互いのさらなる進化を期待しております。
毎日感謝していることを3つ投稿し、
5日後の最終日には次の3人につなぐ!!という感謝のバトン

私の感謝は「経験できたことへの感謝」

「必要な時にお互いパーフェクトなタイミングで必ず出会う」

3 日目 その弐 「 和子さん春さん」

私のアメリカ生活で 足を向けては寝れないほどのお世話になった方々です。

お二人とも御年70、80のシルバー世代

よく 偶然は無いといいますが
初めて会った時が亡き母と同じ年だった和子さんと
母とそっくりな風貌の春さん。

偶然とは言えないほど 母の様に一緒に過ごし
母の様にけんかをし、母の様に励ましてくれた人です。

それが出来るのも
お二人ともこの国でとてもたくましく生きた人生を過ごしてきたから
2度と日本へは帰れない覚悟でアメリカへ渡ってきた世代です。

毎週末 ロスまで日本食材を求めて通ったそうだ。

私達がここサンディエゴで 日本食に苦労することなく生活できるのも
この世代の先人の方々のおかげ。

彼女たちに娘の様に愛してもらったお返しを
いつか私も次の世代にどんなふうにお返しできるだろうか、、
毎日感謝していることを3つ投稿し、
5日後の最終日には次の3人につなぐ!!という感謝のバトン

私の感謝は「経験できたことへの感謝」

3日目の壱 「音楽と 香り」

3、11の時。ブログを通して 何か私からできることが無いだろうか
何を綴ればいいのだろうかと 毎日パソコンに向かったが
何1つ打てないまま1週間が過ぎた。
書き出すと どんな言葉も薄っぺらに感じて

言葉での表現の

説得力の

慰めの

癒しの限界のようなものを感じた。

本も大好きで、日本語が大好きで教えているけれど
言葉にすると制限を感じるのはなんでだろう。

そんなときの音楽の力はすごくて
受け取る人の解釈で
どんな風にも変化する柔軟さがあるように思う。


毎年、どんなに仕事が忙しくても
帰郷してた父の育てたトウモロコシのゆであがった香りとか
ここでは嗅ぐことができない 夏の朝のにおいと
雪の朝の 寒くてつんとするにおいとか

フォトアルバムに写真をしまうように
その時々の思い出を音楽や香りで記憶することがある。

 
辛い思い出や うれしい思い出って 
写真にして残すことが出来るけれど
 
音楽や香りにもフォトアルバムみたいに
大事なものをしまっておけるでしょ。

そう思うと最近あまり写真を撮らなくなった、、
毎日感謝していることを3つ投稿し、
5日後の最終日には次の3人につなぐ!!という感謝のバトン

私の感謝は「経験できたことへの感謝」

2日目の参「サンディエゴで給食のお姉さん」

小学校のカフェテリアでかれこれ9年。
もうすっかりベテランの枠に入っております。

そろそろ社会に出てみよう!娘と同じ学校だし、、
と軽い気持ちで始めた給食のお姉さん

日本とアメリカの食文化の違いに
軽~くカルチャーショックを受けながら
そんな様子をブログに書き込んだりしております。(たまにだけど)

私の働く職場には、

ベトナム、 エチオピア、フィリピン、そして私 日本人と国際色豊か

生まれた所も育った所も全く違う ここにこうやって集まらなければ

一生で会うことのないであろう地球サイズのご縁を感じております。

彼女たちとは言葉も文化も違うけれど

実家の隣に住んでるおばさんによく似た性格だったり

親友のA子ちゃんと同じ癖を持ち

同級生と同じギャグで笑ってくれる

人類皆兄弟を体感出来る職場で今日もランチを作っております。

まさか アメリカで働くとはね、、、