「アロマセラピー&ヒーリングサロン 芍やく」 セラピスト志穂のブログ

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広島市南区でスピリチュアルカウンセリングとアロマトリートメントをしています。

直感覚ヒーリングセッションでは、対面も遠隔も延長料は今まで頂いておりませんでした。

 

このような対話メインのセッションで延長料金を設定しているセラピストに、「話を引き延ばされて延長料を取られた!!」という感覚になる方が多くいることを知っています。

かくゆう私も、自分と同じようなセッションをしている方に昔カウンセリングをしてもらったときに、延長料金を支払ったことがあります。

延長料は「妥当だな」と思う時と、「納得いかない・・」と思う時があって、自分がこのようなセッションをするときは延長料は頂かないようにしていました。

 

でもそれは、お客様の良心に頼るところが大きかったです。

うちを訪れて下さるみなさんはとても良い方がたでしたので、目立ったトラブルもなく、そんなに困ったことはありませんでした。

 

しかし、延長料がないことが、お客さんを惑わせてしまっていると気づきました。セッションの終了の決定をお客さんに委ねているのかもしれないと思いました。

 

でも、やっぱり、延長料があることを気にしないでお話してもらいたい気持ちはあるので、基本的には頂きたくありません。

しかし、お話が長引いてある一定の時間を過ぎたら、終了のお知らせして延長を提案しようと思います。

 

延長は30分毎にさせていただきます。

30分 10,000円になります。

10分単位の延長ではなく、延長1セット30分を購入していただく形となります。

 

うちは一回のセッション料金として頂いていて、セッション時間はある程度の時間を提案させていただいています。

遠隔のセッションだと、1時間から1時間半程度で、対面だと2時間程度となっています。

 

時間を少々すぎたからと言って延長料を頂くことはないです。

理由は思う存分話して頂きたいからです。

1時間半もしくは、2時間経ったら即終了というのも味気ないので、このようなスタイルにしています。

(逆に早く終わったからと言って割引はないのですが・・)

 

でも、あまりにも長くなる場合、お互いのために基準を設けた方がいいなと判断しました。

 

今後も延長料を頂くことはさほどないと思いますが、終わりの時間はこちらから示させて頂くことがございます。

予めご了承ください。

 

 

 

ここからは独り言・・

少しくらい時間を過ぎたとしても、10分単位で延長料を頂くのは、私の性格上あまり得意でないなと思っていて、セッションは時間単位でなく一回の設定としています。

問題は「少しくらい時間を過ぎたとしても」の、「少しくらい」が人によって異なることです。

でも、やはり、無制限で延長をするのはお互いのためによくないなと思いました。

 

昔、こういう話を聞いたことがあります。

小さな零細企業の経営者が、従業員のためを思って、給料のほかに、いろいろな手当を点けてあげていたそうです。売上が良かった日はボーナスとして手渡したり、従業員が任意で受けたい研修費とかも県外だとしても全額出してあげたり、本当に良くしてあげていたそうです。

すると、従業員の中には感謝する人もいたのですが、不満を募らせる人達がいたそうです。

ほとんど残業のない会社だったらいいですが、不明な残業を始めて残業代をもらおうとしたり、建物の不備を申し立てて直すように言って来たり(ほとんどいちゃもんに近いようなことでした)、経営者からもっともっとこちらの利を引き出そうと文句ばかり言うようになったそうです。

 

良かれと思って、お金を気前よくポンポン出していたけど、それがかえって良くなかった。もっともっとと決して満足しない気持ちを引き出してしまったのかもしれないです。

どうやら人のダメなことろを引き出すラインというものがあるようです。

 

「無料より高いものはない」と言う言葉があります。

無料に惹かれて手をだしちゃったけど、かえって良くないことがあって痛い目を見たとか、なぜか高いお金を支払うことになったとか、山ほど聞くじゃないですか。

(関係ないけど、マルチのセミナーも大体が無料で、無料でマッサージとかしてくれるんだぁと思っていたら、たっかい機械買わされたりね)

 

 

私も「無制限」で延長するというのは今年でやめようと思います。

制限がないというのは、私たちが思っている以上に怖いことなのかもしれないです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陰徳とは人知れずひそかに行う良い行いや、見返りを求めない善行だと、私のスマホのAIは申しております。

 

誰も見ていない場所でごみを拾う、人知れずトイレや公共の場所をきれいにする。影で困っている人をそっと手助けする。

日常での具体例としてこれらが挙げられていました。

 

運気が悪い、運が悪い、悪いことばかり続くなど、明らかに運気が落ちている場合、陰徳というものが足りていない場合があります。

なかなか、誰も見ていない場所でごみを拾ったり、公共のトイレを綺麗にしたり、人を助けたりは、それなりにハードルが高い場合もあります。

 

なので、明らかに陰徳を積む行いの前に、まずはこれらのことにチャレンジしてみるのもいいよ、というのを紹介します。

 

 

それは、人から奪いすぎないことです。

他人の時間を奪っていませんか?

友達の優しさに甘えすぎていませんか?

周りの人の思いやりや気遣いを搾取していませんか?

 

ここで素直に「私は大丈夫かな?気を付けよう」と思えるなら、自分の行いを振り返っているので、おそらくそんなに人から奪いすぎていないはずです。

 

特になんとも思わなかった人は注意してみてほしいデス。

たぶん奪っています。

 

人間、咄嗟に思ったことの逆を行っていることの方が多いので、奪っているか奪っていないか、瞬間的に反省出来た人は大丈夫です。

 

運気が落ちていると感じるなら、ここは無視できないです。

他人から奪いすぎていないかよく省みてほしいです。

自分が思うよりも意外と奪っていることもありますので。

耳が痛い人はこのまま読み進めてほしいです。

耳が痛いのを自覚できるなら、改められると思います。

 

一つ、例を出したいと思います。

昔の知り合いで、人に親切にされたり、かわいがられることに長けている人がいました。

おねだり上手っていうんですかね?

人から良くしてもらうことに、抵抗がない感じの方でした。

私もこういう仕事をしているので、ただでリーディングをさせられたり、車を出すことを頼まれたり(これは仕事関係ない)しました。

わたしよりも一回り以上年上のマダムだったんですけどね。こういうのは若い女子だからとかじゃないんでしょうね。

本当にそういう立ち回りが上手・・いや、立ち回っていないですね、天然ですね。

天性のものをお持ちだったように思います。

 

もちろん、目上、目下問わず、かわいがってもらえるというのは才能だと思うし、すごくいいことだと思います。

 

しかし、この方、お金のトラブルが常に付きまとっていました。

大きいものから小さいものまで、お金のトラブルが絶えなかった。

 

先ほど、「リーディングをさせられたり」と書きましたが、他の人にも同じことをやっているようでした。

例えば仕事で関わっている人に、業務外の相談をよくしていたり、占いに行った話を聞いても、1時間のコースだったけど後に予約の人がいないからと、3時間くらい占ってもらって追加料金なしで帰ったとか(←ほんとにこういうことを人から引き出すのが上手な方でした)。

 

こういう行いで何が怖いかって、一応、好意でしてもらっていることだけど、陰徳はだんだん減ってくるんです。(こういう棚ぼた的ラッキーって陰徳のお陰だったりするので)

だから、お金のトラブルと言う形で返ってくるようになるんです。この人の陰徳はすっからかんどころか「借り」を作っているような感じだったし。

陰徳の話をしたときに、「ふるさと納税している!!いいことしている」というように仰っていて、全く通じなかったのを覚えています。

(ふるさと納税は特に陰徳は詰みません。双方ウィンウィンなだけです)

 

 

人にたくさんかわいがられたり、親切にしてもらえる星回りに生まれた人でも、奪いすぎるとトラブルとなって返ってきます。

だから、明らかに陰徳を積む行いをするよりも、奪いすぎない、貰いすぎないことも大事かなと思います。


 

何かトラブルが続くな・・と言う時は、人から奪いすぎていないか、よく自分を観察することをお勧めします。

 

 

欲しがりは30歳まで!!

 ↑昔、こういう記事書きました。


 

 

 

 





蓮が咲いているところを激写!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スピリチュアルなコトを仕事にして私も長いけど、いわゆるスピ友達が一人もいない(笑)

 

もう誰とも仲良くなれない気もしている(笑)

でも、それでいいかなとも思っている(笑)

 

私もかつてはスピ友達がいたんです。

でも、それは上下の差がありきの関係でした。

 

私は見えない世界を教えてもらうという感じで相手を慕っていたし、かつての友人も教えるのが楽しかったのか、うつりゆく季節をいくつか過ごしてきました。

 

見えない世界からの情報の取り方や、正解の判断の仕方、世の中や社会とのすり合わせ、、、いろんなことを教わりました。

私がいろんなことを教わる姿勢を延々と貫ければよかったのですが、能力が開花した後はだんだんと関係が微妙になってきました。

 

なんだろね?

見えない世界を介して仲良くって難しいんやなと悟りました。

 

特に仲良くしていた人とは意見の相違があって、これ以上は私も自分の考えを深めていけないかも・・と思っていたら、急に耳がその人の説得(!?)を受け付けなくなって、「ごめんなさい!用事思い出しちゃって帰ります!!」ってその場を飛び出して以来疎遠になりました。(少し前から私が見えない世界のキャッチした情報を話すたびにイラつかれていたからお互い様かもしれない)

 

私たちスピリチュアリストは自分の信じている世界が強すぎて、性格の癖が強すぎて、他のスピリチュアリストと仲良く出来ないみたい☆

 

私もこの世界長くなっちゃったので、いろんなことを見聞きしてきたけど、リアルの知り合いも、ブロガーもインフルエンサーも、もれなく全員が癖が強すぎると思う(笑)

自分が信じているものの反対意見を言われても、受け入れられないって人がほとんどだと思う。

我が強い、自我も強い、そして、社会適合できないからスピリチュアルに走るわけで、社会性もない。(おまゆうです)

 

私もリアルで意見の相違で疎遠になってるけど、スピ系インフルエンサー同士も喧嘩別れしているのよく見て来たな。。。

互いの意見を尊重して・・・もし、自分と全く違う意見を言われたとしても、波風立てず強い言い方をせず、、、

見えない世界のことだから余計に難しい気がしている。

 

リアルで話すとなると、強い言い方をする方だったり、立場や態度が大きい人が話の主導権を握っちゃうじゃないですか。すると、自分の意見は言いづらいわけです。

ガチな人ほど自分の世界を守りたくなると思う。

てか、私がそうだったから。

 

こういう世界を垣間見てきて、どうやら絶対的に真実とまではいかなくてもいい線いっている確信があったとしても、否定されるとその意見でせっかく深められそうなものが中断どころか中止になってしまうんだよね。

否定の仕方がね、なかなか強いんよ。割とどの人もね。それはちょっと困るのよね。

(全然違うかもしれないけど、音楽のジャズ界隈を覗いていたらちょっと同じものを感じてしまったのよ。もしかしてどこの界隈にもこういうのある?)

 

 

あからさまな情報量の違いがあれば、教える人、教えられる人といい関係で話せるのかもしれないけど、互いがガチなら譲れないんだろうな。

スピの世界こそ、私の降ろした情報、能力こそ一番みたいな感覚を捨てられないかもしれない。

 

それぞれの世界、それぞれの宇宙観でいいじゃない。

 

 


と、言いつつ、少し想像してみた。

 

おそらく自分よりも若い方の話なら上から言われてもあー、そうなんだねー、そっかそっかー、すごいねーと、さしすせそな感じで対応できる気がする。


しかし、上の世代の方だと、なんかもう昔みたいによいしょも出来ない気がする。人格が年齢に伴っていないとしらけた顔をしてしまいそう。聞いてられねぇやと思ったら、早々に話を切り上げると思う。

 

同世代が一番気を遣うかもなぁ。

話し方が強い人だと、上記と同じく話を切り上げると思う。

もうね、同じくらい気を遣える人としか、スピリチュアル話は出来ない気がする。

無駄に否定もされたくないし、私も相手の話を否定したくない。


 

スピリチュアルな話にあんまり議論の意味はないと思うのでね。

 

再び、スピの人と関わることあるんかな?

 

 

 






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