最近、思うことは代表民主主義は民主主義の入り口に過ぎないのではないかということだ。

本来、民主主義政治の成熟した本質は派手ではなく非常に地味なものではないかと思っている。

まるで熱病のように夢中になる集団心理状態の様なものではなく。

国民の中で排他的、または選民的な思想基準で数の論理を行使するものでもなく。

国民一人一人の意見が集約していく政治なのだと思う。

インターネット時代になりより多くの意見が集約可能になってきた時代に我々は入ってきていると思う。

いつまでも、選挙の時まで名も知らず顔も知らない人に選挙公約といって実行するかどうかわからない約束事を掲げられて、闇雲に友人知人に勧めたれて、属している団体のすすめで、公約を信じて、マスコミの雰囲気で、面白そうだから、などと決して納得してまたは説得されて投票した人なんて皆無な状況の選挙が民主主義政治の根幹だと言う時代を百年以上続けている。

政党政治と言いながら政党は政治家のために存在していて決して国民の意見の集約する役目を負ってはいない。

選挙期間中に選挙カーに乗って騒音を撒き散らし、街角にはポスターが張り出される。いったいこれが政治の何になるのだろうか。

討論会があるのではなく、彼らの主張を比べる手段があるのでもない。

ほとんどが立候補者の支持団体という数の論理の利権上に成り立っている。それは団体に属さない国民の取りこぼしをしているという欠陥を有している。

事実上、民主党が公約である公務員改革ができないのは、支持団体に自治労があるためであるのは明白である。それは公約違反というより公約欺瞞である。

これが現代の民主主義だと言えるのだろうか?

戦後復興のための政治行政を戦後派として一括りにしてみたい。

基本的に大雑把にケインズ型の経済運営を活用する行政を指す。

この範囲から見ればほとんどすべての政治行政がこの範疇に入ってしまう。

1980年代から起こった少々乱暴な新自由主義の経済活動という流動資本の増加に伴う国際資産の増加と均衡化の流れの中で多くの先進諸国がその弊害である国内生産力低下と所得格差の拡大に苦しまなくてはならなくなった。

こうした状況の中で次のステップに進むためにはどうしても戦後派の政治行政スタイルからの脱却が必要になると私は思っている。

嘗てはこれからモンロー主義みたいな保護主義が台頭し英国によって引き起こされていった第二次世界大戦みたいなことになったりするのだが、戦後の欧米の頭脳は比べものにならないくらい狡猾で賢明になっているようだ。人口的にも少数の白人達の結束と世界戦略は世界の力の均衡に一役かっているように見える。

欧米の中で高所得者層から出始めている増税への要求はその国の荒廃への懸念であり、ある種の愛国心の現れだと思う。

治安の安定や文化の繁栄は中所得者層の増加が不可欠な事は明白であり、そのためには国内生産力の上昇が必要な条件であると思う。

未来の理想的な経済活動から鑑みればもっとも効率のよい生産は消費国での現地生産と言うことになる。当然、マス生産物は輸出ではなく現地生産になっていくだろう。特徴ある独自性の強い生産物が輸出物となって国内生産として残ることになる。その国の国力は人口と世界が求める独創性によって決まってしまうということになる。

国力が低下している状況の中でどのようにして国力を盛り上げていくのか。そのためには高所得者層への国内雇用創出投資に便宜を図った増税が不可欠であると思う。この国においては嘗ての高累進課税への回帰が求められる。

そして非生産業種である行政費の削減が不可避であり、そのためには戦後続いてきたバラマキ行政の終結が必要である。補助金ではなく減税誘導が豊かな社会でのこれからの行政手法となっていくだろう。

行政がよりシステマチックになり有力者の介入や行政者による不透明な不公平をなくし、行政や経済がより可視的で人権上の明確な理由のある公平性を維持すれば行政の費用コストの低減に役立つのは明白である。

この国に戦後生まれた多くの弊害は復興のための行政が自立のための行政へと移行し損ねた結果として生まれているということを肝に銘じてもらいたい。

未だ自立できないこの国の未来は右派左派とか保守革新とか戦争責任とかの戦後概念の亡霊である夢想戦後派達から未来を見据え国益を創出する現実派へと切り替える事にかかっていると思うのです。
結婚は天国?地獄? ブログネタ:結婚は天国?地獄? 参加中
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都会で生きていると刺激に溺れて人が人として生きる事が難しいと思う。
もし貴方が一人前の大人であるならこの人と結婚したいと思った時の気持ちを忘れずに生きていくことは可能だろう。

相手がいることであっても決して揺らがない初心を貫いていれば貴方の結婚は天国の中にいることができると私は確信する。

互いに誘惑に負けず誠実で寛容で有りさえすればどんな困難であっても力強い歩を続けられるだろう。

ただし、伴侶は最も近い人であるが故に礼節を忘れないこと。暴力は駄目です。一番が伴侶、二番が子供というくらいの距離感がいい家庭の条件だと思います。

最近、英語を社内語にしようとする会社があるようですが、米国だと妻の誕生日、子供の野球大会などの家庭行事で早退するのが許されるのですが、こうした米国の社会習慣もOKなんでしょうか?






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