僕が大学生のとき
何故、東北の最北地である青森の
三内丸山遺跡のように
大所帯でかつ1000年以上も
同じところに定住していた
縄文文化に対して
崇敬の念と同時に
何故といった疑惑の念が
思いたったのを
改めて思い起こします。
何が言いたいのかといえば
何故、
最北の地に
縄文文明
最大の都市が
存在していたか?
ということ。
当時は
稲作のルーツも含めて
九州ルートや
北からの南下ルート
を色々考えておりました。
(専門外なのに)
日本の古代史は
昨年に随分と
取り上げておりますので
それを参照下されば
と思いますが
縄文人最大の集落は
やっぱり
東北では
なかった
というのが
一般的な見解と
なりつつあるようです。
縄文文化前半には
九州に一大縄文文明が
築かれていたようです。
それがあっという間に
灰燼と帰したのが
南九州における
鬼界カルデラの
破局噴火
(スーパーボルケーノ)です。
もしかすると
初期の縄文人は
破局噴火の
影響をひたすら避ける為
本州方向に逃げ
その最も火山降灰範囲から
離れた北東北の三内丸山に
定住したのではないでしょうか?
実はこの
鬼界カルデラの
破局噴火をもって
7300年ほど
日本人
は破局噴火
を経験していません。
もしかすると世界的にも
その後に破局噴火は
起きていないかも知れません。
僕たちはこれから
備えるのは常識外の
自然災害かもしれません。

