彩side









”あと少しで届きそうだね。”




満点の星空に向かって手を伸ばす
あなたの無邪気な笑顔は、
無限に広がるこの星空よりも
キラキラと輝いていた。









…………………………………………………











「電気消すで?」




彼女が頷いたことを確認し
部屋の明かりを消す。



ベッドに入り、横になると
睡魔が私に襲いかかる。
彼女とは反対側に寝返りをうつと、
腰あたりに手を回された。




「どうした?寝られへん?」




そう尋ねてみると、




「なぁ彩ちゃん、明日は一緒に居れる?」




静かにそう呟く彼女に
ごめんの一言だけを残し眠りについた。



















今日はここには帰らない日。




「いってらっしゃい。」




そう微笑む彼女をひとりにし、
足早に向かう先はもう決まっている。






いつもの駅に向かうと
左手についた白い腕時計を気にしながら、
誰かを待つ女性がひとり。
遠くから見ても分かるその整った顔立ちは
思わず見とれてしまうくらい綺麗で。

私は迷わず声をかけた。




「夢莉、お待たせ。」




振り向く彼女を見て、
やっぱり私が惚れた女やな
なんて自分の見る目は正しいのだと
心の中で賞賛する。



「何ニヤニヤしてるんですか?」



「いやそれ、時計。
付けてきてくれたんやなって。
似合ってるやん、可愛い。」



きっと夢莉やから、
こんな風に格好つけたり
余裕あるみたいな言葉
サラッと言えたりするんやろうな。

それが年上の特権やったりもする。
たぶんあいつにだったら言われへんやろな。




そんなことを考えながらふと、
隣を歩く夢莉に目をやると
髪の間から見える耳は赤く染まっていた。



「夢莉、こっち向いて?」



嫌がる夢莉をあやすように、
顔を覗き込むと
頬がほんのり赤くなっていた。

可愛いなんて、言われ慣れてるくせして
いちいち照れるところが素直で可愛い。






なんか夢莉と居ると、
癒されるっていうか気持ちが楽になる。
そう言う場所を
私はずっと探してたんやろな。










「彩さん、今日は…。」



そんな寂しそうな顔せんとってや。



「いるよ。今日はずっと
夢莉の隣にいれるから。」



夢莉の嬉しそうな笑顔を見ると
私もつい嬉しくなる。
きっと私のこの言葉を待ってたんやろな。
もっと早く、会ってすぐにでも
今日はずっと一緒だよって
言ってあげられたらよかったのかな。

別に夢莉の感情を
もて遊ぶわけじゃないけど、
勿体振るのもなんか楽しかったりもする。

ごめんな、意地悪な恋人で。













「なぁ夢莉、星が見たい。」



無意識のうちに言った言葉。



「え? …いいですよ。」



なんで、いきなり?
言わなくても表情を見れば分かる
夢莉の心の声。でもな、
無意識とは言えども、あの時はきっと
夢莉と星が見たかったんやろな。











もう何度も来た、この場所。


だけど夢莉と来るのは初めてで
なんだか新鮮だった。






「わぁ、綺麗!
彩さんここ、よく来るんですか?」



子ども扱いしないでって
それが夢莉の口癖なのに、無邪気に笑う
彼女の姿はやっぱり子どもみたい。



「初めてやで。
ずっと来てみたいなって思っててん。」



実際、夢莉と来るのは初めてだった。
一緒に来てみたいと思っていた事も事実。

だから初めて来たって言うのは
嘘じゃない…はず。







私は静かに右の人差し指を
夜空に向ける。



「あれ、あそこにあるの、はくちょう座。
その隣がこと座で、下がわし座。」



淡々と話す私の方を見ると、



「彩さん星詳しいんですね!」



なんてびっくりした表情の夢莉。



「あれはただの、夏の大三角形やん。
詳しいも何もないよ。」



そう言って笑ってみせる。




だけど、


「そのずっと上にあるのが、
カシオペア座って言うねん。
その上はペルセウス座や。」


今度は私が子どもみたいに
無邪気に話すから
夢莉の表情はさっきと違って、
頷きながら優しい微笑みを浮かべていた。



すると、



「彩さん?どうしたんですか?」



気づけば私は涙を流していたらしく
夢莉を困らせてしまった。


夢莉はそっと私に近づくと
彼女よりも小さい私は
ギュッと抱きしめられ、耳元で


「今日の彩さんなんかいつもと違う。
私の前では嘘つかないでください。
もっと頼ってくださいよ
私って、そんなにダメですか?」


そう囁いた。


隠せてるつもりだったのに、
誰よりも人のことをよく考え、
周りに気を使える夢莉だからこそ、
隠しきれないものもあった。



「今な、夢莉とこうやって
当たり前のように星見て、綺麗やなって
話せることがすごい幸せで…楽しい。
でもな、なんでこんな当たり前のことを
あいつには、させてあげられへんねやろ
って正直、悔しくて仕方ない。」



そりゃ、これだけじゃ
何のことか分からへんよな。

でも、誰のことかは察したみたいで、



「美優紀さんのこと
ちゃんと話して下さい。彩さんの
苦しんでる姿、もう見たくないんです。」



私が思ってたよりも、
私のことを理解して
考えてくれてるんだなって
なんだか嬉しかった。

だからこそ、ちゃんと話さなきゃ
ダメなんだってやっと思えた。



「美優紀はな、夜盲症って言って、
夜だったり暗い場所では
視力が極端に低下する病気やねん。
だから誰かが側にいてあげないと
美優紀は一人では生きていかれへん。」



今まで美優紀の病気のことを
話すのは極力避けてきた。
話さなくてもいいんじゃないのかなって。
私が一生、美優紀の側にいて
守ってあげるんやって、そう思ってたから。



だけど、


「私な美優紀のこと、
幸せにしてあげられる自信ないねん。
美優紀を満足させてあげられへん。」



初めて他人に弱音を吐いた。



「彩さん…。」



”そんなことないよ” とも、”大丈夫だよ” とも
言えないのは、
夢莉は私のことが好きだから。



「格好悪いよな、美優紀の好きなものすら
見せてあげられへんねんで?
星、早く見せてあげたい。
いろんなことを教えてあげたい。でもな、
世界にはこんなに素敵なものがある
なんて、言ってしまったら
見られへんのに可哀想やろ?
私も見てみたいって思ってしまうやろ?
それが辛いねん。」




私の美優紀に対する思いに、かける言葉が
見つからない夢莉は黙り込んでしまった。


その瞳の奥には同情でもなく、
哀しみでもない、なんだか
複雑なものを感じた。 


だけど私には
怒りのようなものにも見えた。

















やっぱり他人に話すことやなかったんかな。