彩side










暗闇を照らす月の光が
部屋の小窓から差し込む。




閉じてあったノートを開くと、
何も書かれていない
真っ白なページが広がる。
そこへひたすらペンを走らせ、
思うがままに曲のイントロを書き上げる。

部屋には、ギターの音色。
そして、文字を書く音だけが響く。

その真っ白なノートに書かれた
幾つものコードは、文字と文字が
重なり合い、潰れて誰にも読めない。

そんなページが出来上がる。







そして、思いっきり伸びをし
そのまま後ろに倒れこむ。


いつの間にか私は眠りについていた。











「彩ちゃん」


すぐ近くで私の名前を呼ぶ声が
何度も聞こえる。

うっすら目を開けると、


「おはよう、そろそろ仕事行ってくるな。
私出たら、ちゃんと鍵閉めるんやで?」


あぁ、もうそんな時間か。
手には握ったままのペンが一本、
体には毛布が一枚掛けられていた。


ゆっくりと体を起こし、
仕事に向かう彼女の
ほっぺに優しくキスをする。


「行ってくるね。」


そう言った彼女を玄関まで見送り、
言われた通り鍵をかける。




そしてリビングへと向かう。
机の上には朝食が並べられていた。


パンをひとつ口に咥え、
ズボンのポケットに入った携帯を手に取ると
連絡先が表示された画面の
一番下まで一気にスクロールする。

あ、あった。

渡辺美優紀 の文字を確認すると


” 今日も朝用意してやれなくてごめんな。
明日は私が作るから!気をつけて行ってな ”


そうメッセージを送る。



そしてソファーに軽く携帯を投げ
洗面所に向かう。

水道の蛇口から勢いよく水が流れ出すと、
それを手に溜め顔を洗う。
その冷たさでやっと目が覚めた。

顔を上げると 二、三滴水が滴り落ち、
濡れた肌はほんの少し青白い。
寝癖で乱れた髪が目に掛かる。
それをかきあげると、左目の下にある
”消えない傷跡” が露わになる。

これもう、きっと消えへんやろな。
なんて思いながら
人差し指で傷跡をなぞると、
参ったと言わんばかりに
私は困った顔で静かに笑う。








途端に六年前の事を思い出した。