黒電話 | サボテンマニア

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これさえ読めば、きっとあなたもサボテンマニア!
※注 マニアになったからといって、特典などはございません…w

こんにちは。サボテンです。

唐突ですが、『昭和シリーズ』というカテゴリ名までつけて、昔のアレコレなんかを書いてみたいと思います。
シリーズ第一回目は、現在とは違う電話事情に触れてみようかと。
僕と同じ世代の方には、「あぁ~、あったあったw」なんて共感してもらえる部分もあるやもしれませんが・・・
平成生まれの方には、共感どころか「は?何言ってんのオマエwww」なんて罵声も飛んできそうですけど(汗)
まぁ、ジェネレーションギャップを大いに感じていただいて、「過去」という名の外国のお話でも聞く感覚でご覧になっていただければなぁと。
ままま、馬鹿馬鹿しい昔話でも聞いておくんなせいよ。


ジリリリリン!ジリリリン!
ガチャッ!「はい●●です。もしもし?」
けたたましく鳴るベルを一刻も早く静めるが如く、急いで受話器を取る。
個人情報なんて概念が無かったその頃は、開口一番自らを名乗った。
用件が済んだら、そっと受話器を置く。
壊さぬよう、極力丁寧に。

僕に記憶というものが宿った時、既にそれは家にあった。
花柄の敷物の上に置かれ、受話器の持ち手と本体も、敷物と同じ柄の布で覆われていた。
円状のダイヤルと呼ばれる部分には穴が空き、その穴からは0~9の文字が覗いている。
当時それは「電話機」と呼ばれていたが、現代のそれとは似て異なるモノである。
ここでは区別するために「黒電話」と呼ぶことにする。

黒電話は家にある家電製品の中でも異質な存在だった。
無機物のくせに、服を纏っている・・・?
それは、我が家の中でも特に大切にされているという、別格な存在感をかもし出していた。
冷蔵庫やテレビに触れることは許されていたが、電話に許可なく触れることは禁じられた。
そんな電話の特別性をさらに大きくさせた、以下のようなエピソードもある。

幼少時のサボテン:「おとうさん、うちのでんわってさ~」

若かりし日のサボパパ
:「ん?電話はウチの物じゃないぞ」

:「え?だって、うちにあるんだから、うちのものだよぅ」

パパ
:「違うぞ?その電話は借りてるんだよ」

:「!!だ、だれからかりてるの?」

パパ
:「電電公社っていうところから借りてるんだ」

:「じゃあ、買っちゃえばいいのに。かりてるなんてイヤだよ。こわしたりしたらたいへんだよ」

パパ
:「電電公社は、電話を売ってはくれないんだよ。その代わり貸してくれるんだ。」

パパ
:「だから、壊したら電電公社からすごく怒られるぞ!だからサボちゃん壊しちゃだめだよ」

:「うん・・・でんでんこうしゃってケチでおっかないんだね・・・」

当時世間では、電話加入権(めちゃくちゃ高い)を取得した世帯に電話機を貸与するというシステムを採っていた。
法人でもない限り、どこの家庭でも同一の電話機が置かれていた。
それは今考えるととても異様に思えるが、当時はそれが常識だった。
現在は家電量販店へ行けば、高機能でオシャレな電話機が安価で購入できる。
それどころか、今は一人一台電話を携帯している・・・一体誰がこんな時代が来ることを予想出来ただろうか?

話が逸れた。
黒電話には黒電話の魅力もあった。
家族の誰かが電話をかける時、ダイヤルを回す音で、ドコにかけているか判った。
「はは~ん?さては●●さんとこだな?」なんて予想して、それが当たって一人で喜んでいた。
自分でダイヤルを回すのも、妙に興奮したものだ。
どういう仕組みかも分からないまま、ダイヤルを回せば話したい相手と繋がる。
幼い僕にとっては、電話は魔法のアイテムだった。

間違い電話がかかってきても、焦って謝ってくる様子に、失笑にも近い、でもそれとは絶対に違う笑みがこぼれたものだった。
逆にこちらが間違い電話をかけてしまったら、受話器の向こうの顔も見えない人に向かってペコペコ頭を下げたものだ。
もちろん現代でも同じことはありがちなのだけど、なんていうのだろう。時代のなせる大らかさとでも呼べばいいだろうか。
間違えた方の気恥ずかしさ、相手に対する申し訳なさと、それを微笑んで許せる寛大さ。
少し大袈裟かもしれないが、昭和という時代のささやかな暖かさと人情がそこにあったのかもしれない。

人と人との関係が希薄に感じられる現代、僕は黒電話が遠く懐かしく感じられる。
友達の家がプッシュホンになってもしばらくは、ウチは黒電話のままだったけれども。
よその家に留守番機能が付いても、ウチは黒電話だったけれども。
今ではね、もう黒電話に戻ってもいいよ。むしろ黒電話にしたいぐらいだ。

あのツヤのあるベークライトの、少し重い受話器をね、耳にあてたくなるんだ。
たまにね、無性にね。