十月十日に | サボテンマニア

サボテンマニア

これさえ読めば、きっとあなたもサボテンマニア!
※注 マニアになったからといって、特典などはございません…w

子供の頃は時間がゆっくりと流れる。
無限とも思える時の狭間で、どん欲に物事を吸収してゆく。
どんなに食べてもお腹が減らないモンスターのように。
恐れを知らず全てのモノに触れ、裸の心はいつも傷ついた。

小学校二年生の時、運動会の最中だった。
「彼」が亡くなったという知らせを聞いた。
僕はいつも十月十日になると思い出す。
「彼」のことを。「彼」の顔と名前を。共に過ごした僅かな日々のことを。

「彼」は長男で、妹と弟がいた。
「彼」の自宅に招かれ遊んだ時、妹と弟に優しく接していた姿を覚えている。
保護者の間でも、「彼」と仲良くするのは歓迎されるような人だった。

端正な顔立ちに、優しさと真面目さがにじみ出ていた。
言葉は少なめ。大勢の友達と過ごすよりも、自分と合った子とだけ遊ぶようなタイプだったと記憶している。
一時期「彼」と毎日のように遊び、学校の事、今好んで見ているテレビの事、漫画の事、クラスメイトの事、これからの事。
色んな事をお互い話したり、色んな考えを共有していた。
一度「彼」のお宝のガンプラ・1/60ザクⅡ(当時は量産型ザクと呼んでいた)を見せてもらったことがある。
その時の「彼」は誇らしそうで、僕らが羨むと、はにかんだ笑いを見せたのが印象的だった。

十月が始まったばかりのある日のことだった。「彼」が交通事故に遭ったのは。
転校してきたクラスメイトを自宅に招く為、土地勘の無い友人を迎えに行っている最中の出来事だった。
その瞬間の音は小さな街に響き渡ったらしく、後日あの音を聞いたと証言した者が何人も出たほどだ。
事が起こった次の日、自分もその事実を知ることになる。

これは余談になるが、僕の子供の頃の死生観というものは、他の子のそれとは違っていたかもしれない。
ここでは説明を省くが、それまで育った環境によるものが大きいと思う。
それを踏まえた上で僕の感じたことは、「仕方ない」という感想だった。

もちろんショッキングな事実ではあった。
当時の様子を聞けば、現在の「彼」の様子は容易に想像できたし、信じたくない気持ちも確かにあった。
ただ、事実を理解し受け入れていたし、僕がどうこう出来る問題ではない事も解っていた。
それを経ての「仕方ない」という思いになっていたのだと思う。

十月といえば、運動会を間近に控え、リハーサルもほぼ本番通りの段取りをしていた。
しかし、「彼」が走るべき順番には別の子がいて、ダンスのフォーメーションでも「彼」がいるべき場所は詰められている。
なんだか「彼」の戻る場所をわざと失くしてしまったみたいで、子供心に暗い影を残したことを覚えている。

そして運動会当日、件の話を担任から聞かされた。
それまで練習した事や運動会があったという事は覚えているのだが、不思議な事に運動会当日の事といえば、この事実を聞かされたことしか記憶に無い。

後日、学校とご遺族のはからいで、告別式だけはクラス全員で出席することが出来た。
「彼」の母親が、我を失って泣きじゃくっていた。
告別式を自宅で行ったので、お世辞にも広いとは言えない場所だった。僕らは家の前の私道で待機させられた。
幼稚園から一緒だった「彼」の一番の親友が弔辞を読み、クラス代表で学級委員の二人がお顔を見ることが許された。
出棺は皆で見送った。僕は声に出して「さよなら」と言った。

その日家に帰って、僕は泣いた。大いに泣いた。
「仕方ない」なんてことはない。そんなのは嘘だった。
そう思わなければ、心が悲しみだけで覆われてしまうのが怖かったのだ。
それに、事故の事を聞いた時、「彼」が駄目かもしれない事を考えつつも、心のどこかで「彼」が帰ってくるかもしれないと思っていた。いや、そう思いたかった。
なぜかそう思わなければ、「彼」が本当に駄目になってしまうような気がしたのだ。
結果的に、望みは叶わなかったのだが・・・

僕は毎年十月十日になると思い出す。
「彼」のことを。「彼」の顔と名前を。共に過ごした日々の事を。
そして色んな事をかんがえる。
彼に対する気持ちに少し後悔があったことを。
僕と同じように、十月十日になると思い出す人はいるのだろうか?
今の僕や世界を、「彼」はどう思うのだろう?

そんな事を毎年一瞬ふっと思い出して、僕はまた日常に還るんだ。