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Dolce* Diary

音楽教室Dolceです。日々の小さな幸せを大切に。

今年は実家ですごした子供たちの夏休み。

妹の出産、私の体調などで思うように

あちこち連れていくことはできなかったけれど

子供たちは元気に日々成長しながらこの夏休みをすごしたように思います。



一番楽しかったのは、水族館みたい(*^▽^*)




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以前は、大人がこっち見て!あっち見て!と連れまわしたのに

もう、自分たちで興味のある方へぐんぐん進み

何度も館内をぐるぐるまわっていました。


イルカのショーでは最前列でびしょぬれになりながら

楽しみましたよ♪ 大人もびしょぬれ^^;




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もうひとつの思い出は花火大会。


今年は雨で1日延期になりました。

おかげで少しいつもより人が少なく、

ゆっくり座って観覧することができました。



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大分川の対岸で打ち上がる豪華な花火は毎年


私が楽しみにしているイベントです。


今年もみることができてうれしかった☆☆


お手伝いもがんばりました。


rio*が一番得意なお手伝いはお皿洗い。


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「楽しい音譜」ってこんな笑顔です(=⌒▽⌒=)


runa*は念願だったおねえちゃんになった気分で

従弟の誕生を心から喜び

お世話したくてたまりません。


ぐずぐず。。。泣いてた赤ちゃんに思わず


「いないいない~~ばぁ!!」



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そんな姿がとても微笑ましくて私も幸せな気持ちになれます。



二人ともとても素直な優しい女の子でいてくれることが

私にとっての癒しでもあり、勇気にもなります。


この子たちが立派な女性に成長するように


しっかり守って育てていかなくちゃ!


甥っ子の誕生がまたあらためて

そう思わせてくれたのかもしれませんね。



いま、実家に帰省しているので自由にパソコンを

つかえる環境になく、更新をゆっくりペースにしています。






最近であったうつ病についての知識。


非定型うつ病


自分にあてはまることが多く、今はいろいろと見つめなおしています。


リンクを見ていただけると少し理解していただけるのかな。


私はその非定型うつの症状の時と

定型うつの症状の時と

どちらももちあわせているように思います。


とにかく、今の私にとっては音楽が自分を励ます

とても大切なものです。


今年にはいってから以前から興味をもちながらも

行動にうつすことができなかった音楽療法を

勉強、実践させていただける機会を得ました。


私と同じように心の苦しみをもっている方々へ

すこしでも力になることができたら。。。。


そう願って活動しています。





いまは、実家でゆっくり静養していようと思います。



うれしいことに実妹が出産し、かわいい甥が誕生しました。



なんとなく、毎日をほのぼのと過ごしていますので

どうぞご安心ください。





心の病。

もともと、登校拒否をしたり、ストレスでパニック症状をおこしたり。

一度はおさまったと思っていましたが

runa*の出産後。私の生活、環境、心の状態。

すべてのことが変わりました。

またすこしづつあらわれてきた心の状態。


それまで可愛い、可愛い。。。と育ててきた

rio*にすら、うるさい!と憎らしく思えたり。

手をあげてしまうことも増えてきました。


runa*は手のあまりかからない赤ちゃんで

お世話はラクに感じていましたが


とにかく、1歳9ヶ月くらいのrio*に手がかかる。。。



そのことでイライラする毎日と戦っていました。


まだ、実家ですごしていたのですが

そばでアドバイスする母やお世話を手伝う妹にまで

あたりちらすようになってしまいました。




なんとか1ヶ月をすぎ、すこし落ち着いたころ、

広島の自宅へと戻りました。


いままでそばにいた母や妹がいなくなり、

今度は一人。


ますます、毎日の子育ての忙しさにイライラはつのるばかり。


そんな中うまくできない家事や家計のやりくりに


「なんで、できないの?」


という言葉に自分が本当に何一つ

まともにできない人間なんじゃないかと感じるようになりました。


家事もできない、子育てもできない、

そして、言葉づかい、生活態度、生活リズム、


すべてのことを否定されているような感覚になりました。


八つ当たりする相手は。。。。rio*。


今思えば子供なんだから当たり前の甘えいたずらすら

許せず。。。叱り続ける毎日。


あんなにキラキラした澄んだ目をしていたrio*も

だんだん悲しげな顔をしているような。。。そんな風に感じてしまう


時もありました。私がしていることは、幼児虐待なのか??

相談センターに電話しようかと、受話器をにぎり

じっと、迷う日もありました。


母に相談したり、主人に相談したりしたつもりです。

でも、誰の言葉も私には響きませんでした。



毎晩、眠ったあとのrio*とruna*に涙をながしながら

「ごめんね。。。」


ということしかできませんでした。


それでも、2人の子供をもつ新米ママとして

一生懸命、とにかく毎日を生きていました。。。。

ようやく、落ち着きを取り戻したのは、rio*がやっと

幼稚園に入園してから。。。でした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


でも、今また自分の心の病と向き合うときがきました。

強くなりたい。

子供たちをまもりたい。

明るい、すがすがしい人生を生きたい。


治療にしばらく専念してみようと思います。







 


なんだかいろんなことがありました。

精神的にとても参ってしまい、しばらくふさぎこんでいましたが

勇気をだして、心療内科にも通いはじめ

すこしずつ、自分自身に向き合うことができるようになってきました。

もともと、精神的に弱い部分があった私。

結婚する前にもいろいろありました。

学生時代、何が不安かわからないけれど

朝、目覚めると体がうごかない。

体がだるい。

頭痛がする。

学校を休むようになる。

当時はまだ心の病が世間ではあまり知られてもなく

ただの仮病、登校拒否だといわれてきました。

4歳から始めたエレクトーン。

それだけが私にとっての生きがいだったのかもしれません。

学校は休んでも、どんなに高熱があっても

エレクトーンのレッスンだけは休まなかった。

自宅から40~50分かけて

母は毎週通ってくれました。

コンクール前なんて、今も大好きな恩師とともに

夜中12時まで教室で練習したことも。

そんな私が幼いころから描いてきた夢。

エレクトーンの先生になる!

その思いはとても強かったんでしょうね。

登校拒否を続けていよいよ。。。。自殺も考え始めたころ。

母に、「夢は何?そのために行きたい学校があるんでしょう?」

ちょうど、高校2年の秋です。

ぼちぼち受験のことも気になりはじめたころ。

そう、私はエレクトーンの先生になりたい。

そのために行きたい学校。

エレクトーンを学べる学校。

それが九州にある!絶対にそこに行きたい!

それから、学校には頑張っていくようになりました。

ちょうど。。。。お休みします。。。と

学校への電話も自分でしないとダメ!っていう

苦手な体育教官が高校3年の時に担任になったのも

今思えばありがたい話。

電話恐怖症の私には、その先生に自分から

休みます☆なんて電話できない。。。行くしかない。。。^^;

でしたから。

それから、希望の短大に合格しました。

欠席していた分は毎日放課後、職員室に残って

補講をうけ、単位をいただきました。

こうして、夢への第1歩をふみだした私。

夢の短大に入ったとき、いちど、私の精神的症状はおさまりました。

でも、また今、心の病と闘うときがきてしまいました。

今度こそ、治したい。

そう思っています。これから、日記を綴る時

読んでくださる方に不快感をあたえてしまうことがあるかもしれません。

それでも、自分自身と向き合うことで

何か変われることができるのかもしれない。

正直な気持ちを綴っていきたいと思っています。

どうぞ、これからの私を静かに見守っていただけることを

心から願います。
ただいま(`・ω・´)ゞ
え?早い??
お休みします。。。。と言ってから
た~~~くさんの方にご心配をおかけしてしまい(;´▽`A``
本当に申し訳ありませんm(u_u)m
なので、帰ってきました!
また、今日からよろしくお願いします♪♪