よく友達に

「テレビとか本とかで見たり聞いたりはするけど、

実際そういう人に出会ったのは初めて~」

と言われます。


私の家族や私が経験してきたことが、ちょっと普通とは違うらしいです苦笑


自分ではそこまですごいこととは思わないけど。。。


確かにこのブログでは書けないこともいっぱいあります。

子供たちがいやがったり傷つくことは書けません涙


書ける範囲で書いていこうかな~と思ってます!!



最近子供の頃のことをよく思い出します。


私の父は昭和18年・4人きょうだいの長男として生まれました。

本当は7人だったけど妹3人が幼い頃亡くなってしまったそうです。


母とは東京で働いているときに出会い結婚しました。

寿司職人です。

物静かで、背は小さいけど若い頃はハーフっぽい顔立ちで、

はにかんで笑う父の笑顔が好きでした。


でも。。。

お酒を飲むと人が変わってしまって・・・


父は、母の事はものすご~く愛していたので、絶対に母には何も言いません。

弟には憧れの気持ちさえ抱いていて、何も言えません。


私は、小さい時は親に従うおとなしいいい子ちゃんだったので、

酔った父のいじめのターゲットでした。


暴力ではないんだけど、誰も見ていないところで大きな声で脅したり、

難癖をつけて、泣いている私に1時間ぐらい傷つくことばのシャワーを

浴びせたり・・・


どんどんエスカレートして、私が高校を卒業したぐらいからは

夜中寝ていると「ぶっ殺してやる~!!」と、なが~い刺身包丁で

バンバン脅してくる始末・・・


弟は東京の大学に進学していて家にはいませんでした。

母はお店のお客さん達と閉店後によく出かけていました。

夜中には従業員の人たちもみ~んな帰って、家には父と2人。


そういうときにかならずおどすんです。


小さい時から続いた父との関係は大人になっても変えることが

できませんでした。

逃げることもできず「今夜こそ刺されて殺されるかも」と怯える毎日。


何故か母にも言えず・・・

なんとな~く話しても、母が帰ってきた途端

「おかえりー」と普通に言う父がそんなふうになるなんて、

母も全然信じなくて。


ある時、母がお客さんと祖母と3人でいる時に交通事故に合い入院しました。


父は、そのお客さんと母との関係をずっと疑っていました。

それを母には言えずすべてのストレスを私にぶつけていたのです。


母が入院してからは地獄の毎日髑髏


当時飼っていた大きなシベリアンハスキーを夜中になると家に入れて

しかも私の部屋に金具の鎖ごと入れてくるんです。

仕事で疲れて帰ってきてゆっくり寝たいのに・・・

匂いは強烈だし鎖はうるさいし、重たいのに乗ってくるし泣


可愛いから追い出すこともできず、昼夜逆転させられたワンちゃんと

寝不足の日々。。。


夜中に包丁の「ぶっころす」は当たり前。

バットで雨戸をバンバン。

仕事に行こうとすると「おまえは俺を殺す気か~」

と車の前に立ちはだかる始末ガクリ


当時の私はカメラを持って撮影に飛び回る仕事をしていました走る

寝不足では体も持たず精神的にも相当参っていました。


3か月入院していた母がやっと戻ってきてくれて、

その時初めて真実に目を向けてくれました。


「本当に今までごめんなさい。」

と言ってアパートを借りてくれました。


最初にアパートで寝た日は死んだように寝ましたぐぅぐぅ

「しあわせ~~~~」

寝れるってこんなに幸せだったんだぁって心底ッ思いましたハート


一人暮らしが3ヶ月を過ぎたころ母から

「お父さん、お酒をやめて心を入れ替えるって言ってるから。

さみしいから帰ってきて」と電話が・・・


「わかった」と覚悟をきめ1ヶ月後家に戻りました。


あれ?お父さんは???

いない。。。


「出て行った」と母。


なんか結局2人でいる数カ月の間にいろいろあったらしく、

最後は離婚することになりました・・・・


その後もアルコール依存症なのをいいことに

詐欺集団に騙され・・・

家とお店と土地を全部取られそうになって大変でした。

母が弁護士を雇って裁判で戦い、勝利しましたがガッツ


これはほんの一部です。


結局父はアルコール依存症で何度か精神病院に入院しました。

父はアルコール依存症の他に多重人格の診断も受けました。

幼少期の母親の虐待が原因だったそうです。


私に向かってきていた恐ろしい人格は最近見た事がありません。


父が多重人格になり始めたきっかけ。


母と結婚した日の夜、おばあちゃん(父の母)が1枚の写真を

ぴらっとテーブルになげたそうです。

「これがおまえの父親」


何も知らなくて育った父は一晩中泣いたそうです。

その日がきっかけだと病院で言われました。


自分だけ、どこの誰の子かわからないような事実が

父を苦しめたそうです。


私たちも大人になって知りました。

私を誰よりも可愛がってくれたおじいちゃんが

本当のおじいちゃんじゃないんだ・・・

今思うのは、家族なのにどうして父の悲しみや苦しみを

いっしょに乗り越えてあげなかったんだろう・・・

逃げてしまったんだろう・・・

という後悔です。


父は一人で生活保護を受けて生活しています。

いまだに父の心に心底寄り添うことはできないけど。


でも、父がいるから私がいて、かわいい子供たちがいる。

大好きな弟がいる。

感謝しています四つ葉


母が亡くなってしまった今、

やっぱり1日でも長く生きていて欲しいなと思います。


親らしいことも娘らしいこともできない変な親子だけど、

私の大切な家族だから。。。