続きです。
暗い、重い話になります。
病院から帰って旦那、母にすぐ相談しました。
とにかく受け入れてもらえる設備の整ってる病院を探さないと!
私は1人焦ってました。
母は3人+長女となれば、実家へ帰ってきた方がいい!数年は大変だろうし、手伝うから長女の幼稚園はこっちで探した方がいいと何度も言ってました。
でも義母だけは違いました。
相談しなければ良かった、と後悔しました。
義母「3人産むことも、育てるのもどれだけ大変か…どうするの?遠いからすぐも行けないし」
後日、ストレートに言ってきたわけではないけど旦那を通して3人はさすがに体に負担になるし、後々大変だから1人はかわいそうだけど、大きくなる前に手術で減胎できるみたいよ、と。
病院まで調べて言ってきたそうです。
結局、私は何が何でも!と三つ子を産む覚悟をして次回の検診までに私はすぐに分娩予約を取りました。
三件目でようやく受け入れてもらえました。
そして前回の先生+研修生3名というなんとも気まずい雰囲気の部屋で検診。
不け思議と恥ずかしさはありませんでした。
先生が言うに、三つ子は珍しいので研修生たちに勉強として見てもらいたいと。
この日、2人しか心臓(心拍)は動いていませんでした。
1人はそっと成長を止めていました。
先生は言葉を選びながら
「残念だけど1人は心拍が確認できないね、このままうまく成長していけば双子ということになるから、うちの病院でも出産可能だよ」
なんとも言えない気持ちでした。
でもなぜか少しホッとしていました。
3人が2人になって、少し心配事が減るんじゃないか…なんてふと思ったんです。
最低です、今思うと最低な母。
この時の私はどうかしてました。
このあとはさらにトラブル続きで、バチが当たったと思いました。
7週で1人心拍停止
8週からひどいつわり、ほとんど寝たきりで長女のお世話もままならないほど衰弱しました
10週で胃腸炎になり、さらに吐き続けました、体重もいつのまにか4kg減ってました
12週で大量出血、切迫流産で2週間の入院、夏でしたがお風呂禁止で洗髪だけ3日に1回できたらいい方でした、とにかくトイレも極力我慢して出血するのが怖くてずっとベッドで過ごしました
14週で絨毛膜下血腫の疑いでさらに入院期間が延びました
幸いこの時は2人とも順調に育ってました
16週、落ち着いてきたらなんとか実家近くの病院へ移りたいと先生と話していたので、ようやく許可が出て3時間かけて帰りました。
寝たきり生活で筋力も落ちて、体力もなく旦那に支えられながらフラフラでした。
自宅へ着いてトイレに行くと出血が少し増えた気がしました。
翌日、総合病院へ。
貧血もありフラフラだったので旦那に付き添ってもらいました。
紹介状を出して座ろうとすると、目の前が真っ暗に。
このままじゃ倒れる!と急いで座り込み、車椅子を借りました。
旦那に車椅子を押してもらい、数時間待ち、やっと診察。
出血はあるけど入院は何とか避けられた!
家に(実家に)帰れる!と思った矢先、太ももに何か流れる感触が。
ヒヤッとした時にはもうスカートが血で真っ赤になっていました。
血が止まらない!
近くにいた看護師さんが慌ててタオルやビニール袋を持ってきてくれて、再び診察。
そのまま入院になりました。
2人はちゃんとお腹にいてくれました。
この時、さすがに泣きました。
この頃は胎動も感じるようになっていた時期で、エコー見るたび、写真をもらうたびに幸せな気持ちになっていました。
お腹も日に日に出てきて、1週でもかなり大きくなっているように思いました。
病院でじっと過ごしたのは2週間。
点滴生活にもすっかり慣れて、退院もできました。
18週、退院後、体はぼろぼろでしたが長女と安静にしてゆっくり過ごし赤ちゃんの話をしたり動くお腹を撫でたり。
19週、突然その日はやってきました。
この日は日曜日。
夕方になり、お腹が痛みだしました。
しばらく様子を見ようとじっと横になっていましたが、なんだか痛み方がおかしい、いつもより張ってるし…痛みが強くなってる…
1時間後、痛い!病院へ行かないと!病院に電話して、母に病院まで送ってもらいました。
道が混んでいたこともあり1時間近くかかり、その間も痛みは強くなっていき、汗が止まらなくなってました。
気づきませんでしたがこの時38℃の熱がありました。
感染症が疑われ、検査をしました。
とにかく痛みと汗が増すばかりで、どうしよう赤ちゃん大丈夫かなとずっと考えてました。
翌日も熱は下がらず40℃近くなり、点滴の量もマックスにすると言われました。
先生の説明では、子宮内感染だろうと。
このままだと母体に負担がかかり危ないから、赤ちゃんは助けられないと言われました。
22週未満で赤ちゃんは助からないと。
このまま助からない赤ちゃんが産まれてくるのを待つしかないんだ。
それからの数時間は絶望感で気がおかしくなりそうでした。
その後、ベッドで破水。
急いでナースコールを押し、すみませんすみません…と何度もその言葉しか出てこなくて。
先生に来てもらいますから!待っててください!と言われベッドの足の方を高くされました。
どんどん流れてくる羊水。
赤ちゃんごめん…元気に産んであげられない…
もうダメだ、と思った時1人が出てきてしまいました。
ごめんなさい、ごめんなさい、赤ちゃんにも看護師さんにもずっと言っていた気がします。
先生が到着して、すぐに分娩室に運ばれましたがもう1人もすぐに産まれてしまいました。
すごく小さくて、かわいくて、でも泣かないんだ。声を上げてほしかった。
さっきまで動いてたのに赤ちゃんもうお腹にいないんだ。
あの日のことは鮮明に覚えてます。
3年以上経っても、これからも忘れないです。
3人お空の上で会えたかな。
帰ったらまたお花を供えに行くからね。
息子が産まれて、毎日少しずつ大きくなってます。
あの時の子達と息子はまた違う、別だと思ってます。
でも確かにお腹で動いていたあの子達は私にとっては今でもかわいい子供達です。
ありがとう。