新潟県 新潟 ホテルイタリア軒 2026.4
港町新潟。江戸時代には北前船の寄港地として栄え、明治時代には横浜・神戸・長崎・函館と共に開港した、いわゆる開港五港のひとつ。そんな港町に残る西洋の香り。<旅の工程>1日目:浦佐→塩沢→長岡2日目:宮内→弥彦3日目:弥彦→新潟4日目:新潟それが3日目に宿泊したホテルです。◆ホテルイタリア軒◆古町通りと並行した西堀通りに面して建つ、スクラッチタイル風外観。大理石風ロビー。目を惹くイタリアの国旗色の幕。明治時代の開港と共に訪れた文明開化。その流れで港町や避暑地に外国人向けの洋風ホテルが建てられましたが、ここ新潟は創業者がイタリア人という点がユニーク。サーカス団のコックとして来日したイタリア人、ピエトロ・ミオラが明治7年(1874)に開業した牛鍋屋が始まりで、明治14年(1881)にホテルの前身となる西洋料理イタリア軒が創業されました。日本初のイタリア料理店の誕生です。日本で初めて、ミートソースが提供された事でも知られています。クラシカル&ラグジュアリーな待合室。柱には創業者ピエトロ・ミオラの写真。ミオラは怪我をした時に介抱をしてくれた舞妓のお千と結婚して、その後30年程を日本で暮らしました。屋号もお千の提案だったそうです。洋風な家具や調度品が置かれた館内。壁を飾るイタリア絵画もたくさん。宿泊したのは3階のダブルルーム。新しいけれど、クラシカルな雰囲気。現在の建物は昭和51年(1976)に建てられた3代目で、この時にホテルに転業したそうです。窓から望む新潟市街。ひと息入れてから、一昨年、ホテル5階にオープンした歴史展示室へ向かいます。*見学無料年代物の写真が飾られています。初代イタリア軒は"新潟の鹿鳴館"と称された程、人々の注目を集めたそうです。2代目は大正12年(1923)に開業。写真で見る限り、見事な擬洋風建築ですが、昭和5年(1930)に電気室からの出火で焼失してしまいます。もし、2代目が存続していれば、文化財クラシックホテルとしての地位を確立していたでしょうね。3代目時代に使用されていた照明器具の数々。大正〜昭和の擬洋風名建築らしい照明器具。幸せの椅子多くの新郎新婦を迎え入れてきた椅子との事。過去〜未来の新郎新婦に幸あれ。ステンドグラスランプが醸すレトロムード。晩年、ミオラは故郷イタリアの地に戻り、大正9年(1920)に故郷で亡くなったそうです。館内には、ミオラの想いが詰まった初代イタリア軒の歴史を継ぐレストランがあります。マルコ・ポーロ朝ご飯はバイキング。和洋折衷、豊富な品揃え。オムライスは目の前で焼いてくれます。南欧の輝く海を描いたステンドグラス。チェックアウトしてから新潟市街を巡り、ランチを予約して再びマルコ・ポーロへ。お目当ては、日本初のミートソースを今に伝えるスパゲティ。サラダとスープをいただきながらスパゲティを待ちます。ミートソーススパゲティサラッとしたスープにも近いミートソース、そこにモチっとしたパスタ。150年紡がれてきた優しい味わい。地元横浜のホテルニューグランドはナポリタン発祥地なので、親近感が沸きます。ところで、イタリア軒は昭和38年(1963)以降は新潟放送が運営していましたが、平成26年(2014)にNSGグループの傘下となり、経営難を脱して今に至ります。このNSG、"事業創造による地域の活性化"を掲げて教育・医療・福祉、飲食、老舗再生など幅広い事業を展開している、興味深い企業。今代司酒造や新潟ビール醸造、越後味噌醸造、小川屋などの再生も手掛けたようです。創業者で会長の池田氏は、古町出身の神職(現古町愛宕神社)で、アルビレックス新潟の取締役も務める方。新潟愛に溢れた古町人ですね。NSGの下、"食と文化の発信基地"をコンセプトにして再生したホテルイタリア軒。まさにそのコンセプトを感じる滞在でした。新潟での宿泊はここ一択になりそう。次回、新潟前寿司の記事です。=======宿泊情報=======宿泊代(1泊1食1名):¥15,159(税込)じゃらんポイント:¥3,500じゃらんクーポン:¥1,500計:¥10,159