稽留流産の診断後、7月17日に手術を控えて。
気持ちなど記録。
7月13日
世間は3連休ですね。
下腹部痛が始まりました。
今までの子宮のチクチクするような痛みではなく、生理痛のような痛みです。
家で出てきてしまわないか、腹痛が強くなることへの恐怖が強い。
トイレにゴム手袋とジップロックを準備。
出血はなし。おりものは多め。
基礎体温はまた測り始めました。
会社へ電話で報告。
社長への報告では思わず泣いてしまった。
旦那には仕事復帰するの?と心配された。
辞めてもいいよと言ってくれたし、今の職場は辞めてほしいのかな?と感じることも今回のことに限らずあるけど『仕事せずに(家おって)どーすんの?』とおちゃらけて返しといた。
(仕事してない時期もあったのですが、私は仕事してた方が太らないしお金入るしでいいのです)
会社への電話が終わって泣いてたら、『口に出すと辛いよね。』と胸貸してくれた。
泣くつもりなかったのにと言った私に『お腹の子の分の涙もあるんだよ。』と。
昨日、旦那が出張先から帰ってきて色々話をしてかなり救われた。
元々ポジティブなところもあるし、やっぱりこの人と結婚してよかったと思ったし、やっぱりこの人との子供がほしいと思った。
旦那は
『俺らは何も失ってないじゃん。この子が来てくれて俺らはすごい幸せだった。』
『(胎児ネーム)ちゃんの妹か弟、すぐ来てくれるよ。』
『大丈夫、大丈夫。俺らなら大丈夫。』
とにかく色んな言葉をかけてくれた。
妊娠を知っていたごく少数の友達にも報告。
もうほんと気遣わせてしまい申し訳ない
義次姉も妊娠しており、予定日もさほど変わらなかったので同級生になると喜んでました。
義次姉はうまくいきますように。
私が流産になったことを知って旦那伝いに義長姉から『実は私も4月に流産してた、がんばろうね』と連絡が入ったようで気持ちがすごくありがたかった。
寄り添ってくれるみんなの気持ちがすごくありがたい。
今までは妊娠の経過が不安で色々検索魔になってたけど、もう検索することもなくなり、漫画ワンピース読んでます。
今日は『音楽の日』という番組でたくさん応援歌が流れて、なんか背中押してもらえてる気がした。
音楽の力すごい。
7月14日
食欲戻ってきた。
明日には旦那が出張先に戻ってしまうので少し不安。
母が明日の夜ご飯何か持って来てくれると連絡があったけど、あまり頼りたくないと思ってしまう。
なんか申し訳ないし、余計辛くなっちゃう。
でも気持ちは比較的落ち着いている。
というより、あまり考えないようにしているってかんじかな。
今日もとにかく一日中漫画を読んで過ごした。
旦那と夏、どこか旅行に行こうかという話をした。
どこか行きたいな。
7月15日
朝トイレで濃茶色の組織片のようなものが出てきて焦った。
昼過ぎには旦那は出張先へ。
不安。
旦那がいなくなった途端に何もやる気がなくなる。
母から電話。
当日の送迎をお願いしているので、その話。
ご飯と前日泊まりに来るって言ってたのは断った。
7月16日
手術前日
茶色おりものや出血。
明日だからね、もうちょっとだね。
手術の時に必要なものを買いに行く。
夜用のナプキンとか、明日の麻酔明けに飲むポカリとかその他明日には関係ない日用品も。
明日は朝からクリニックへ行き、施術の準備で午前中を過ごし、手術は13時頃からだそうです。
麻酔から目覚めて3時間程様子見て異常なければ帰宅の流れ。
流産手術後胎児の染色体検査をどうするかの件ですが、旦那とも話し合った結果検査してもらうことにしました。
原因が分かれば今後妊娠までのアプローチも変わるかもしれないし。
もらってきてた母子手帳に今までのエコー写真を入れて、メモのところに胎嚢確認日、心拍確認日、心拍停止確認日書いた。
その下に『パパとママの所に来てくれてありがとう。』と書いた。
陽性が確認できた検査薬と一緒に大切に保管しておこうと思う。
午前0時から絶飲食が始まるので、朝目覚めた時に癖でお茶飲まないようにしなきゃ。
夜は母が来てくれて夜ご飯食べに行った。
姉も心配して電話してきてくれた。
さっきまで出張先の旦那と電話で話した。
家族のありがたみ、改めて感じた。
明日、赤ちゃんとバイバイしてくる。
おやすみなさい。