仙台駅 東口に9;20集合

そこからバスで移動すること約20分
荒浜地区の農場に到着


現地スタッフの方と
ボランティア全員で 團場へ

整地はされているものの
種まき前に
まずは 草刈りから

横に一列に並んで 種まき開始


50センチ間隔で
コットンの種を 3粒撒きます


1粒で
コットンシャツだと10枚
タオルなら 20枚程度 出来るそう


11月には 収穫
また お手伝いに来たいと思ってます


海岸から この一帯は
家を含む全てのものが
10メートルを超える大津波で流されたそう
ここに住んでた住民の多くの方々は
近くの荒浜小学校の屋上に避難し
屋上から 流される我が家を
ただただ、見るしかなかったそうです
この農場近くには
津波で流された瓦礫の集積場があって

作業中もずっと
重機の音が響いてました
すべての種まきを終えて
仙台駅に戻る途中で
大津波で壊滅的被害をうけた
海岸方面へ


土台だけ 残して
この地域には もう家を建てることも許されず
永遠に住めないそうです
賠償金、も
家を建て替えるには 遠く及ばない
驚くほど少ない金額で
二重ローンを抱えて苦しむ住民の方も
多いと聞いた
道路は整備され
一見 何事もなかったかのような錯覚にも陥るけど
まだまだ
復興、復旧は進んでいない
そう感じたのは
自分だけでは ないハズ
夜は
高校からの同級生が 仙台に居て
飲みに出掛けた
何軒か はしごして
行き着いた国分町の「 馴染み」だと云うBar
そこでも
ママさんから 3.11当時の生々しい話
“被災しても 立派な日本人”
そう海外のメディアは称えたけど
“一概に そうではなかったのよ”
ママは そう嘆いた
震災直後
食料がなかなか手に入らない中
儲けようと 人の足下を見て 高額で弁当を売る店
いかにも 盗んできたと思われる
泥の付いた紙幣で 遊び金を払う若者
耳を塞ぎたくなるほどの手口で
金目のものを奪い
人としての許されざる行為をした輩たち
日本人のひとりとして
情けない、と云うか
人の浅ましさ、醜さみたいなことを
見聞きした1日でした
真夏日だった仙台


焼けた上に
すでに 筋肉痛

昨日 昼頃戻ってきたけど
東京駅に降りたら
尋常じゃない暑さに ビックリ

横浜は まだ少しマシ、だったけど
夏場しか動かさない我が家のエアコンも
そろそろ試運転しておかなくちゃ、かな

今日も
真夏日予報熱中症対策 万全に
体調を崩されませんように
くれぐれも お気をつけください

今週も
素敵な毎日でありますように
