昨日「年取るってやーねー」みたいなことを
書いたわけですが。
年とったなあ、としみじみ感じるポイントは、
それこそ人それぞれでありましょう。
でも、ほぼ全員(少なくともゆきこぶの周囲)がクチをそろえるのは
「涙腺が異様にゆるくなったこと」
一昔前には、よろけるお年寄り突き飛ばして転がして
(一説によるとその後蹴りまで食らわして)
電車に乗っていた、通称「極道ミサト」(♀、30代後半)など、
「『そのとき歴史が動いた』テーマソングで嗚咽」
だそうだ。
光陰矢のごとし。
ウチの亭主にいたっては、どこがツボなのか今もって不明ですが、
「功名が辻」で泣きますよ、ええ。
そんな加齢トレンドを反映して、ゆきこぶの周辺では
「泣ける話」をメールで、
しかも会社のアドレスに送りつけ合う(しかも太平洋越え)という、
まあ、一種のいやがらせが横行しております。
んで、「いやー泣けた」「ええ話や」と確認しあうことで、
「相手も自分同様、涙腺弱化の加齢症状を病んでいるのだ」
と、納得したいらしい。
まじで迷惑だ。だがやめられん。
数例を、あげましょう。
いずれも、ネットから(ほとんど2ちゃんねるから)拾ってきた
お話であろうと思われます。連発で行きます。
~~~~~会社では読まないで下さい~~~~~
ま じ で
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この前飼い猫が病気になったんですよ、末期のね。
で、生まれて初めてペットロスを経験したわけですわ。
正直最初はペットロスって軽いもんだと思ってたのよ。
動物飼いならみんな普通に経験してるからさ。
あのね、俺が間違ってた。あれは人が経験するもんじゃない。
冷血人間だね、冷血人間だけが耐えられるものだよ。
最初に「安楽死承諾書」出された時さ、
めちゃめちゃびびってペンそろ~って持ってそろ~っと名前書いたのよ。
10秒くらいかけてさ。でなんか怖くなって消すどころか
承諾書破り捨てちゃったのさ。
そしたら飼い猫がさ「苦しいよ」とか目で訴えてくるの。
同じ過ちは2度繰り返さないのが俺よ。
だから名前書いたのさ。えぇ、そりゃもう書きましたとも。
全てを忘れて書いたよ。
家に迷い込んできた時のヤツの心もとないほどガリガリだった体とか、
初めて膝で寝てくれたときにホントに嬉しかった事とか、
エサをねだる時の愛らしい顔とか色々思い浮かんでくるのを
頭から振り払ってね。
だってヤツが苦しいって訴えてたからね。
そしてらエライ事になった。
もうすごい即死。そして俺のすごい涙。幅3cmくらい。
昔の漫画だけど星飛雄馬やはだしのゲンにも負けない。
それで横見たら飼い猫がすごい安らかな顔を俺の方に向けてんの。
ホントごめんなさい。
正直「飼い主なら苦しみから救ってやるのが義務だぜ!」
なんて見栄張らないで素直に最後まで悪あがきしてやればよかった、
せめて自然に任せて死なせてやればよかったと思ったよ。
心の底から承諾書にサインした事を後悔したね。
でも埋葬が終わって友達に「猫はさっさと死んじまうな!
これだから猫は。今度は長生きするカメでも飼うか」とか言っちゃてんの。
ホント俺ってダメ人間。
誰か助けて下さい。・゚・(ノД`)・゚・。
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だめだ。ペットロスは勘弁してほすい・・・
ちょっくらトイレ行ってきます・・・
では、おつぎ。
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入社4年目で初めての結婚記念日の日。社内でトラブルが発生した。
下手したら全員会社に泊まりになるかも知れないという修羅場なのに、
結婚記念日なので帰らしてくださいとは絶対に言えなかった。
5時を回った頃、T課長が俺を呼びつけ、封筒を渡して、
「これをK物産に届けろ」
と言う。K物産は、隣の県にある得意先で、
今から車で出ても8時までに着けるかどうかすら分からない。
「届けたら直帰していいから」と言うが、直帰も何も、
K物産に届けて家まで帰ったら、きっと11時は過ぎるだろう。
文句を言いたかったが、
「わかりました」
と言って封筒を預かった。中身を見ようとすると
「中身は車の中で見ろ。さっさと行け!」
とつれないT課長。不満たらたらの声で
「行ってきます」
というと、課内の同情の目に送られて駐車場へ向かった。
車に乗り込み、封筒を開けると、一枚の紙切れが。
「結婚記念日おめでとう。今日はこのまま帰りなさい」
と書かれていた。会社に入って初めて泣いた。
その翌年、T課長は実家の家業を継ぐために退社した。
送別会の席でお礼を言ったら
「そんなことあったか?」
と空とぼけていた。T課長、お元気でおられるだろうか。
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こんな上司に、あってみたいス・・・
地球上の話なんでしょうか・・・
(と、遠い目)
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祖母がボケ始めた頃、海外在住だった私は一時帰国して、
和歌山まで遊びに行きました。
二年程会っていなかったのですが、
以前はしゃきっとしていて厳しかった祖母が、
仏さんみたいな顔で笑いかけてくれて、
電子ジャーに残っていたご飯でおにぎりをつくってくれました。
「食え、食え」
と言って。 祖母と一緒に住んでいる弟が
「おばあちゃん、そのご飯、もう食えんのじゃないか」
と明るく言って、私の方をちら、と見て「食わんでええ」
と小声で言いました。でも私はどうしても食べたかった。
だから、海苔も塩味も何もついていない、
ご飯を丸めただけのおにぎりを、口にほおばりました。
電子ジャーの中に何日残っていたのか知りませんが、
ご飯はぽろぽろで変色しており、確かにおいしくなかったんです。
でも祖母が嬉しそうに私のことを見ていてくれたので、
こぼさないように頑張って噛みました。
それが祖母とのこの世での別れになりました。
だから今でも、電子ジャーに残ってしまって、
ちょっと古くなったご飯を見るたびに涙がでそうになります。
ぽろぽろのご飯の舌触りも、絶対に忘れないと思います。
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ウチのおばあちゃんが、最後にゆきこぶにくれた言葉は、
「あんたのええドゴは、なんでもすぐに忘れるドコなんだぁ」
(手を握り締めながら、盛岡弁で)
褒められたのか、けなされたのかはわからんが、
とにかく勇気付けてくれて有難う。。。。
立派に、大事なことも忘れられるようになったよ、
ばあちゃん。。。
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当時、仕事を辞めたばかりで一人でフラフラしてた頃。
両親が遊びに来て、色々買ってくれた上に
家で作ってきた高野豆腐を、冷蔵庫に置いて行ってくれた。
その次の日、母は入院。
あっという間に亡くなった。
葬儀を終え自宅に戻ると、冷蔵庫にはまだ
母が作った高野豆腐があった。
大泣きしながら食った。
あれ以来、高野豆腐は食べられない。
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・・・もう、今日はこれで帰宅していいっすか。
どうですか、こんなの毎日、銀行のメールに送ってきやがる
やつらの神経。最低だ。
次のお話には、全米が泣いた。
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今日初めてコンドームをつけてみた。
なんかゆるゆるなんだけど、こんなもんなの?
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イキロ。
さて、と。
仕事にもどりますか。