~恥の多い生涯を送ってきました~

日曜祝日はど~うしても食べ過ぎてしまいます。というのは、三食食べているからです。大体平日は昼食を抜いています。理由は簡単で、ズバリお金がないからです。ご飯ばっかりたべてますが、普段のおかずも梅干しのみなど修行僧のような食事をしております。
たまに肉料理や酒を口にすると、生臭さ坊主だなと思います(まぁ坊主ではないですが、魚釣りに行くとボウズになる場合があります)。それ故にエンゲル係数が否が応にも異様に高くなる生活なのです。

ごくたまに外食もしますが、そういう時は安上がりなうどん屋に行くことが多いんです。
しかし、福岡出身の自分の口には、東日本の濃いつゆ(というかダシというか)は合いません。そこで、例えば最近流行り傾向(?)の讃岐うどん屋さんなんかはかなり重宝してます、本当に。結構混んでるのが玉に瑕ですが。

余談ですが(というかほとんど全てが余談なのですが)…
うどんと双璧をなす和食麺料理の蕎麦についてですが。
福岡県出身という事がどれだけ影響してるのかはわかりませんが、社会人になるまでの間に蕎麦を食べたのは、年越し蕎麦を食べる時だけで、飲食店にて蕎麦を食べた事はありませんでした。
自分の中では、蕎麦は何故かお年寄りの食べるものという印象がありました。なんででしょうかね…?

さて、冒頭の文章ですが、太宰治の人間失格の有名な(?)一文です。

多い恥の一つを申し上げますと……
自分は、蕎麦の正しい食べ方を知らずに育ちました。
これだけだと、「蕎麦の正しい食べ方?箸で掴んで口に放り込んで、すすって噛んで飲み込むだけだろーが!」と罵倒されてしまいそうですが、そんなに単純明快な話ではないのです。
昔、とある由緒正しそうな蕎麦屋に入ると、あまりにも自信満々にざるそばを薦める様子で、定食や温かい蕎麦を頼むのが非国民のような扱いを受けそうな懸念を感じた為、やむなくざるそばを食べる事にしました。
そしてざるそばを注文し、蕎麦と一緒についてきた急須のようなものに入った液体(もちろんその時は、何の為のものかわからず)を、熟考の末、まごうかたなく蕎麦をほぐす為のものに違いないと確信した私は、正しい発想に辿り着いた自分をいい感じに思い、ちょっと調子に乗り、「こんなもん考えりゃすぐにわかるんだよ、伝統的な蕎麦屋だからと言って、なめるのもたいがいにせぇよ!」と心の中で呟きながら、蕎麦にかけました。また、その時はさすが薦めるだけあって、心遣いのある店だとも感心したのです。

しかしその直後当然のごとく、お盆にだらだらと垂れてきた事で、自身の過ちに気がついた次第であります。
あれは20代半ばの夏の暑い日、初めて蕎麦湯と出会った日の事でした。
とはいえ、このような事は誰にでもある事で、恥にはならないような事だと思いますが、そんな訳ないですかね…


負け惜しみですが、、、、
蕎麦湯とか知らんよ、そんなもん。
~男もすなる日記といふものを女もしてみむとてすなり~

(別に女でもないし、日記とブログは違うと言われれば身も蓋もないのですが…)

土佐日記の有名な(?)冒頭のくだりです。確か、平安時代の書物だと思います。男性である著者、紀貫之が女流作家を語って著した日記です。

暑い。
残暑と言うやつですね、これは。本日、東京地方はもうすぐ10月というこの時期に、追いすがるように暑さが復活している。

暑いのは困るのです。それは暑いから…。というか、私の体は、血液中のミネラル成分の一つである、カリウムと言うものが少ないのです。
低カリウム症というらしい。ただでさえ少ないのに、汗と一緒に流出してしまうので暑いのは困るのです。

熱中症に気をつけないと……といいながら、昨日は20キロ程歩きました。

そういう訳で、残暑には断固反対ですね。