でも、行けませんでした
どうしても、仕事休めなかったのです。
中抜けしていく予定だったのですが、来週までに仕上げる仕事が、停滞していて、相方と詰めておきたかった。というか、詰めなきゃならなかった。
仕事と家庭とどっちが大事?
って、その日、その瞬間、常に考えて判断して…
私がいなくても、回るのは仕事。母親は私1人、代わりはないのよ、ってよく聞きます。もー、耳ダコ。
その通り。
だって、もし、相方が逆の立場で、今日、子どもの参観に抜けて行ったとしても、それはそれでアリだと思います。
じゃ、何で行かなかったのか。
まずはね、子どもが「参観行けない」って伝えた時に、別に嫌そうじゃなかった。別にいいよー、みたいな。まぁ、年齢が上がってきたのもあって、少しずつ親離れをし始めている時期だから。
毎回行ってない訳じゃなかったし。
で、良いか悪いか、わかっているのかいないのか、そこは定かではないのですが、私、子どもによく仕事の話をしてるんです。仕事について、日頃聞かれることもあったりして。だから、こういうわけで、今回は行けない、って言ったら
「そっか~!ママ、頑張ってね。」
って…。ケロリと言われました。
はい~。頑張ります…。
そんな訳で、今日はバリバリ頑張りましたよ。体調不良で減らしてたぶん、より、さらに倍増で。
やっぱり、仕事頑張るって気持ちがいい。
やっててよかった、って思う瞬間。
で、仕事が終わって、スマホをチェックしていると、
まさかの…
「楽しそうだったよ」
と、校庭で笑顔で遊ぶ上の子の写メ。
旦那、参観に仕事抜けて、行ったみたい!
仕事、頑張った後のこれ。
涙出る~~~
嬉しかった~!
やっぱり、行きたかったし、親として行かなきゃダメって思ってた。
でも、仕事も同じくらい大事。
今回の場合は、参観に行ったら行ったで、仕事のことが気になってしかたなかっただろうな、って想像がつく。
それが私。
それをよく知っているのが旦那。
もしかしたら、子どもも。
仕事を抜けることに罪悪感とか申し訳なさとか、そういうのはもちろんある。迷惑だろうな~とか、よく思われないだろうな~とか。
でも、それは、親としても全く同じこと。子どもがどう思うか、担任の先生は?他の親はどう思うか。
たぶん、自分が思うほど、周りは私のこと考えてないと思う(笑)
で、結局、最後は私はどうしたいんだ?って思う。そういうの無しにして、周りがどう思うかとか、関係なく、ほんとはどっちがしたいの?
仕事をしたいのか、子どもの参観を見に行きたいのか。
…答えが出る。
ごめん。今回は仕事がしたい。ってなる。
毎回仕事じゃないし、いつも子ども優先じゃない。
働きママンは毎日考える。
それで仕事に遅刻することもありーの。
かと思えば、保育園のお迎え時間過ぎることもありーの。
しょっちゅうじゃないですけど、
だからこそ、引っかかってくる。
仕事してなかったら、子どもがいなかったら…なーんて考えることも、そりゃあります。
ほんと、憂鬱です(笑)
でも、じゃ、いらなーい、ポイってどっちも捨てられない。ほんと、欲張り。
憂鬱を抱えつつも、それも含めて仕事も家庭も私にとってはかけがえのないものなのです。
そして、そのかけがえのないもの、1人で抱えているわけじゃない。一緒に大切にしてくれる人たちがいることを、私は忘れないようにしたいな。
コッソリ思うけど、母親に代わりはないっていうのも、物理的に?生物学的に?はそうかもしれないけど、私がいなきゃいないで、それなりに子どもの人生も生活も回っていくと思うのですよ。
どう生きていくかは、子ども次第。母がいなきゃ死んじゃうようじゃ、人類滅びる…は、言い過ぎかな。
子どもにとって母親の存在って、かなりかなり大きいとは思います。必要不可欠だとも思います。でも、存在というより、母親あり方じゃないかな?ってすごく思うのです。正確に言うと、母親的存在のあり方。
実際、私の母の母、つまり、私の実の血縁関係にあるおばあちゃんは、母が1歳の時に結核で亡くなったけど、母、かなり強くたくましく、面白おかしく、人生楽しんでるからね。
それは、祖母の死後、嫁いだ後妻さん、私の大好きなおばあちゃん、のあり方が大きく影響していると思います。
母の元々もってる気質もあっただろうし、運がよかったってのも、すごくあると思うけど…
そんなもんじゃないかな(笑)