昨日のつづき

 

昨日の部内試合で、そのおじと対戦して、

私がいいプレイをして、ポイントが取れた時があって、

前衛がボレーをするときは、普通は下がって構えるんだけど、

そういうことはおじはできないから、ラケットが上がってて、

たまたまボールがおじに当たって、おじに惜しいっていう声があがった。

おじが惜しいんじゃなくて、私が当てたんだよ。

おじは何もしていないんだよ。

ラケットすら下げてなくて、ただ突っ立っていただけなんだよ。

 

え、今私がいいプレイしてポイントとったんだよね。

と混乱した。

 

私が負けること、ミスをすることを求められているのかと思った。

私はそのチームでは応援をしてもらえない、

みんなつぶしにかかっていると思ってしまって、悲しかった。

 

そのことを迷った末にチームのライングループにいれた。

 

ある人が返信をくれて、

みんなできない人とも補い合ってやっていきましょうって。

 

おじは尊重されるけど、私は尊重されてない。

あなたは上手なんだから、気にしなくていい。

 

上手だから応援してもらえないのは仕方ないのか?

 

それはお姉ちゃんなんだから我慢して、

に、似ている。

 

お姉ちゃんだから色々やるさ。

気を遣って、おじができない部分も補うよ。

自分の練習ができなくても。

 

でもおじが標準ってなに?

 

私って大事にされないんだー。

そう思うと悲しくて悲しくてたまらなくなった。

 

もうこういう思いはしたくない。

 

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一晩経って、こういうやりきれない思いって、

私が頑張ったから思ったことなんだなって。

 

頑張ったり結果を出さなかったら、思わないことだった。

 

その頑張りは自分の糧にして、その価値観を手放すことなのかも。

 

そんなおじとか周りに理解されなくても大丈夫。

 

周りに気を遣ってもらえなくても大丈夫。

 

一人だって大丈夫。

 

みんなに潰されようとしても、潰されたりはしない。

 

もうその価値観は手放してもいいんだ。