こんにちは。
昨日は仕事のため
更新が出来ませんでした。
申し訳ございません。
今日は以前
目に止まった
文章を紹介
させて頂きます。
こんな読み方だったと
思いますが…。
初め 瑜(ゆ) 疾(やまい)に困(くる)しみ、権に牋(せん)を与えて曰く
「瑜 凡才を以て、昔討逆殊特の遇を受け、委ねるに復心を以てし、遂に栄任を荷(にな)い兵馬を統御(とうぎょ)す。
・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・・・
人生 死あり、修短は命なる矣(かな)。誠に惜しむに足らざるも、但恨むらくは微志(びし)未だ展(の)びず、復た教命を奉ぜざるのみ。
・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・・・
人の死せんとするや其の言や善し。儻(も)し或いは採るべくんば、瑜 死すとも朽ちず」
三国志『呉書 魯粛伝』より
私なりの解釈ですが…。
周瑜は病気に苦しんで死を覚悟したとき、孫権宛てに遺書をしたためた。
「私は非才の身でずっと前に御兄君から逆賊を討てと命ぜられ、それ以来ご厚遇を蒙り、今日では上様の腹心として全幅のご信頼を賜わっております。
・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・・・
人間にとって死は免れないものですし、短い生涯を終えるのも天命であります。命を惜しむわけではありませんが、無念なのは志を実現出来ずに終り上様の御教示と御命令を仰ぐこともかなわなくなったことでございます。
・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・・・
昔から、
『臨終の人間の言うことには偽りはない』
と申します。
もし、この遺言を上様に御採用して頂けましたら私めは安んじて死に就くことが出来ます。」
周瑜の死後、魯粛がその後任に就いた。
これが、志半ばに倒れた周瑜という男の最期なのです。
人の死せんとするや
その言や善し
鳥の死せんとするや
その鳴や哀し