無職になって3カ月たとうとしている。
いい加減にテレビに飽きてきた。。
ハローワークでは就職セミナーなるものが定期的に開催されている。
暇を持て余していたので参加してみた。
そこで得たもの、、
結構大きいかな。
自分自身を見つめなおすいい時間になりそうだ。
そもそも、なぜこれまでの職業に就いていたのか?
心の奥にしまっていた「本当の理由」を今は本気で口に出せる。
聞く人によっては言い訳だろう。
でも、俺自身にとってはとても重要なこと。
俺は今まで「営業職」だった。
会社は変われど職種は「営業職」だった。
なぜ営業職を選んだのか?
それは、、
バブル崩壊後の就職難にも拘らず、大学の単位が取れなくて4年生の夏になってようやく就職活動を開始し、余った募集は営業職だったから。
大学を卒業するにあたって無職では恰好がつかない。親や親戚の手前もあるのでアルバイトではいけない。
どこでもいから就職することが大事だったのだ。
就職難ではより好みすることもできない。今あるものに自分を当てはめていくしかなかった。
そして、自分自身もあせっていた。
ついでに、その頃は「何になりたい」など、仕事や収入に結び付く願望は持っていなかった。
何せ俺はプロのミュージシャンになりたかった。
高校卒業の頃はギターを作成する専門学校に行きたかった。そこでバンドをしながらプロを目指したかった。
今考えれば、その「専門学校」という選択肢も甘えがあった。。そんなことでプロになれるはずもない。
結局、親を説得するだけの材料もないまま大学進学を運良く決め、夢も希望もないまま卒業→就職とレールに乗った。
就職してからは金が命だった。
今でいうところの「インセンティブ」、つまり販売手数料を稼ぎいたい一心で仕事をした。
その金も全てバンド活動や楽器に費やしてしまった。
。。。。
そうして田舎で歳を取っていき30歳を迎えた頃、むなしさや哀しさが襲ってきた。
甘かった、甘すぎた自分自身の考えやこれまでの行動に嫌気がさした。
確かに社会人になってから音楽の知識を蓄え、ギターの腕前もそれなりに人並み以上になった。
でも、俺には人がついてくるような人間性が備わっていなかった。
バンド内でもわがままに振る舞い、勝手に他のバンドを見下していた。
こんな奴にメンバーもついてくるわけもない。
お高くとまった馬鹿にはつける薬はないわけだ。。
気づくのが遅すぎた。
まぎれもなく、俺はバカだった。
大馬鹿野郎だ。
今で言う「痛い奴」そのものだ。
それからも会社は変われど、給料をもらうために会社に行った。
特に目標もなく、帰属意識もなく、ただ会社に行くだけだ。
そうしているうちに「売れない営業マン」になる。
どんなに頑張っても売れない。
それは自分自身が原因だ。
元々人に関わるのが好きではないのだ。
物を売っても嬉しくないし、興味もない。
自分でも気付かなかったが、営業マンであることにだんだん違和感を感じていたのだ。
時代が求める営業マンもずいぶん変わってしまっていた。
そう、、
俺はもうポンコツだ。
燃えカスなら上等だが、単なる不燃物だ。
もう降りよう、そう思う日々だったが結婚もしているし収入のためには会社に行くしかなかった。
社長に気に入られなかったからであろう、理由なき左遷にも黙っていた。
しかし黙っていても、いずれ会社は気づく。。
俺の思いと会社の意向がピークに達した時、リストラ退職になった。
今なら思える、
お互いのためにはそれが一番良かったと。
それから3カ月。
頑張れなかったことさえも甘えだったわかり始めている。
でも、人には誰しも我慢の限界がある。
今、俺は無職だけど、この選択肢に後悔はない。
もうすぐ40歳。
社会人としての人生の折り返し地点だ。
この先も後悔はしたくない。
そのためにも目標を持たないといけない。
今、俺の手にあるもの、それを磨いていくしかない。
でも、営業はやらないよ。
俺は俺の道を行く。
人からどんなに変わったやつだとか何とか言われても。
この考え方だけは歳を取らないからな。