GW真っただ中ですが、妻と娘はそれぞれ実家、従妹の家と遊びに出かけ、私は自宅で片づけに追われています。

 私の部屋は大量のプリント、テキスト、学校別過去問題集、中学受験本。娘の受験が終わってから妻に「さっさと全部捨てて。」と厳しく言われていたものの、持ち前のなんでもとっておく病、捨てられない病で「メルカリで売るから。」「長期の休みに整理するから。」等々言い訳して捨てられず。部屋に山積み状態。プリントやテスト類はともかく、全く手付かずの問題集、テキスト、一読しただけの中学受験本・・・メルカリでも出品されているが、手間を考えると捨てたほうが早いし、精神衛生上もよいことはわかっているのだが・・・

 妻は「漢字と計算はマスト」と言い、塾の計算と漢字のテキストが難しいと聞けば学年を落として問題集を買い。四谷のテキストでわからないところがあると聞けば4年、5年のフルセットを躊躇なく買った。私の「テキストや問題集のわからないところはネットや塾の先生に聞いて・・・テキストをフルセット買うのは・・・」という意見は「テキスト代の1万や2万ケチって落ちたらどうするの!」と一蹴。2月の勝者ではないけれど、中学受験は狂気だ。経済力だ。とつくづく思う。そして、たいして使わないという結果。折り目もない。書き込みもない。価格も高い。と思うと捨てるのには躊躇してしまう。罪悪感にかられる。かといって取っておいても誰も使わない。やっぱり捨てるしかない。高さにして1メートル以上になる4年生からのプリント、テスト類を束ねていて思うことは、「簡単なのに間違えてる。」「テスト。空欄多すぎ。」とマイナス面ばかり目が行く半面、「ここまでよくやったなぁ。」「これだけの量よくやったなぁ。」とほめるというか、尊敬というか、頑張ったというか、なんとも言えない気持ちになる。そして、これだけやっても偏差値が右肩上がりなることはなく、実力相応の偏差値になり、実力相応の学校に合格した。という事実だ。4年生から受験をはじめ時々思っていたことは、40年近く前の自分自身の中学受験のリベンジを娘に託しているのではということだ。娘と自分は違う人間で、偏差値が高い学校が良い学校ではない。娘が行きたいという学校が良い。ということを頭では理解していても、少しでも高い偏差値の学校を目指して欲しい。高い偏差値の受かって欲しい。自分自身が第1志望、第2志望、第3志望と立て続けに落ち続けたようにはならないで欲しい。という思いが潜在的にあったように思う。娘は今、自分で決めた学校に「朝早くて眠い。」「7時間目まであってだるい。」と言いながらも元気よく通っている。中学受験に関連するすべてのものがこの家からなくなった時、パパと娘の中学受験のすべてが終わると思う。