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先日のカードの引き落としの日には、やはり引き落としができませんでした。
以前も同じことがあり、その時は怖くて不安で仕方がなかったけど、今回は、支払い出来なくても家もあるし、ご飯もあるし、電気もスマホも使えるし、と考えられて、大したことではないと思うようにしていた。というより自分に言い聞かせていた。それに、今まで支払いが遅れても支払い出来てきたじゃない。今回も何とかなるんじゃないかなとも思っていた。だから、以前のように怖くて不安で仕方がないという気持ちはあまりない。
引き落とし日が過ぎ、やっぱり運用していたお金をまた引き出さなくてはと思い、引き出しの操作をした。引き出した所で支払える金額ではないのだが。
カードの引き落としが出来ない旨の知らせも届かず、もしかして、引き落とし出来てたんじゃない❓という思いも頭をかすめたけど、昨日、引き落とし出来てない旨の通知が届いた。やっぱりかという思い。そして、どうやって支払ったらいいのかと不安で仕方がなくなった。
3月の終わりに、母からこれ、あげるからと貯金箱を2つ譲り受けた。昭和30年代から40年代の古めのお金がはいっていた。私の経済状況を心配してのことだろう。
母から譲り受けたお金は金融機関で入金しても良いが、もしかしたら額面より高く買い取りしてくれるかもしれないと買い取りしてくれるお店を探して、一部買い取り対象だったので、買い取ってもらった。助かった。そしたら、切手も買い取りしていると店員さんからお話があり、切手も思いがけず現金化出来た。
買い取りしている品目が色々あり、また近日中に買い取ってもらいに行こうと考えている。
色々買い取りしてもらったおかげで、カードの支払いが遅れていた分を支払いが出来た。良かった。来月の支払いのお金も用意できる予定は無いけど、スマホがいつ停まるかという不安は回避出来た。
ノートに願い事が叶ったと15回書くことは続けていたが、段々と義務感が強くなってきたので、書き続けることはやめることにした。
人それぞれ、気分を良くする為の行動は違うのかもしれないと思った。誰かと同じ方法をやってみて、気分が良くなるなら続けてやってみればいいけど、気分が良くならないなら、それは自分には当てはまらないのでは無いかと思っている。自分の気持ちが上がっているか否かを判断基準にすれば良いのではという考えに今は行き当たっている。
そして、不思議とどうやって経済状況が困難な状況から這い上がっていくかの過程を見たいと思う自分がいると気づいた。でも一刻も早く抜け出したい気持ちの方が圧倒的に強いことに変わりはない。