【酒とインプット】


酒を飲むと本が読めない。

文字を目で追うことは出来る。

しかしどうにも理解が鈍くなる感じがする。

つまり読めてないのだ。

映画も同様で、アクションの派手さに「おお!」となる事はあるがストーリーや人物の相関を理解する力は、素面に比べると明らかに低下しているように思う。

そしてこの"理解が鈍くなる感じ"は初見の物で特に顕著に現れる気がする。


考えてみればアルコールのドラッグにおけるジャンルは"Depressants"

つまり"抑制剤"に分類されるドラッグである。

ならば思考力や感受性が抑制されたとしても不思議ではない。

しかし、一方で酒を飲んで読書に耽る人も現実には存在する。

「そういう人と私の違いは何か?」

「同じ物質を摂取して同じ行動を取ったのに体験に違いが出るのは何故なのか?」

それがふと気になったので以下のように整理してみた。







[仮説]


①飲酒時に発現する行動は、インプット型、アウトプット型、ノーマル型(共同作業型)、が存在する。


②それは「そうなりやすい」という"傾向"

つまり"カタ"の話であって、最終的に発現する行動はセットとセッティングの影響を受ける。


③その型に100%振り切れるわけではなく、

"その型に寄る"という飽くまでバロメーターである。






[定義]

・インプット型

自身への情報の入力に心地良さを感じる「入力型」

初見の本、初見の映画、初聴の音楽、観察、他人との会話に於ける"聞き手側"が心地良いと感じるetc


・アウトプット型

自身が持つ情報の出力に心地良さ感じる「出力型」

書く、描く、創る、踊る、他人との会話に於ける"話し手側"が心地良いと感じるetc


・ノーマル型

入力と出力のバランスが取れてる状態に心地良さを感じる「中間型」

書く描く創る踊る等の練習、考察(自己との対話)、他人との会話に於けるキャッチボール。

自己、或いは他者との"共同作業"を心地良いと感じるetc






[考察]

さて、上記仮説を踏まえて今一度自分の場合を考えてみよう。


私は酒の影響下でインプット(特に初見の物事)が鈍る。

ならば初見ではない「既に好きな物事」の場合どうだろうか?

私はよく酒に酔って好きな音楽を聴きながら、その魅力について考えたり、ツイートしたり、或いはその場に同席している友人に語ったりする。

その中で最も「楽しい」「心地良い」と感じる瞬間は、

「自分の意見に相手が同調してくれた時」である。


であるならば、

私は「アウトプット型寄りのノーマル型」

となる。

図式で表すと以下のようになる。

       ↓

ノーマル型>アウトプット型>インプット型

ーー↑ーーーーーー↑ーーーーーー↑ーーーー

他人の共感 │ 自分発信 │  自前の知識






ではこんな人が居ると仮定してみよう。

「酒に酔って好きな音楽を聴いたり、未聴の音楽をディグったり、何故好きなのか?何処が好きなのか?考察してツイートするのは好きだが、他人にそれを語り、そのフィードバックを貰うのは自分の所感がブレるノイズに感じられるので嫌い」

この人の場合「アウトプット型寄りのインプット型」となる。

図式で表すと以下のようになる。

       ↓

インプット型>アウトプット型>ノーマル型

ーー↑ーーーーーーー↑ーーーーーー↑ーーーー

知識の入力発見│ ツイート │ 他人の反応






[結論]

とはいえ、アルコールが抑制剤であり思考力や感受性が抑制されるのであれば、入出力も鈍化する。

私が最も心地良いと感じる会話のキャッチボールに於いても、


1.私の意図が正しく伝わっているか?

2.相手の意図を正しく理解出来ているか?

3.何となく雰囲気で盛り上がってないか?

4.そもそも「言葉を喋る」という出力をする上で呂律回ってるか?(泥酔疑惑)


という疑問が付き纏う。

考えてみれば

酒に酔って書いた文を翌日ひっそりとツイ消ししたり、

「上手く描けた!」と思った作品が素面で見ると駄作に思えたり、

また、酒の席でのすれ違いによるケンカや、

逆に凄く楽しくて仲良くなったが翌日以降やはり微妙な距離感が残る等はそれを裏付ける現象なのではないか。


そうなると上述の4点を自身に問い直した時に導かれる結論は結局、

「いやー、よくわかんないですねー」

となってしまうのである。

人間とは得てして業が深い生き物であり、同じ失敗を何度も繰り返す。

その中から少しづつ得るものを得て次の段階へ行き、また失敗する。

我々がこの螺旋(ループでは無く"螺旋")から脱却する日は果たして来るのだろうか。






[あとがき]

さて、ここまで独り言を酔っ払ってつらつらと書いてみましたが、読者の皆様は如何でしょうか?

何か思う所があれば質問箱やリプに是非投げてみてください。


今回は酒の話でしたが、これは何も酒に限った事ではなく、この「薬物の影響下で発現しやすい行動の傾向」を覚醒剤ユーザーは"カタ"と呼称します。


少し余談になりますが一般には覚醒剤を使った人がどのような思考回路でどんな行動を取るのか殆ど知られていないと思います。

それは本当に多種多様でして、

例えば「覚醒剤を使用してパソコンでネットサーフィン」という「同じ物質、同じ行動」を数人に取らせると最終的には、

ひたすら性欲に走りエロサイトばかり見てる人、

小さな汚れが目につき掃除しようとバラバラに分解して戻せなくなる人、

パソコンがハッキングされて今にも警察が来るのではないか?と1日中ドアスコープを覗いてる人、

見てた動画や読んでた文から「誰かに命を狙われてる!殺られる前に殺る!」と勘違いして日本刀片手に深夜の住宅街へ飛び出して行く人、

ずっとTwitterやってる人、

など、様々な行動を取ります。


そして再度同じ条件で覚醒剤を使用しても同じ様な行動を取る傾向があるのです(勿論皆が皆そうではありませんが)


覚醒剤が人体にもたらす作用を考えればどの行動も「あり得る事」なのですが、

「では何故"カタ"に違いがあり、何故傾向があるのか?」はよくわかっていません。

薬物の使用頻度、各々の精神や発達、遺伝的な要因、社会環境等が複雑に絡んでこういう風になるのでは?と個人的に考えているのですが、それらの因果相関は全くわからないのが現状です。


さて、酒とインプットに話を戻しましょう。

これついても途中までは調子よく考えられたのですが結局「いやー、よくわかんないですねー」と行き止りになってしまいました。


如何せん一人だけで何か考えてみても行き詰まる事が多いですよね。

調べ物したり、こうしてブログにエッセイじみた事を書いたり、ツイートしたり、インプット/アウトプットは大事だと思います。

しかし上記の"螺旋"を例にとっても、そこから脱却するためには他者との関わりこそが最も大切な事であり、唯一にして最強の手段(或いは希望)である。

と私には思えてなりません。


それにしても「殺られる前に殺ったる!」と日本刀片手に真夜中の西成へ飛び出して行った釣りと登山と覚醒剤が好きなあの先輩は今何してるのでしょうか。

どこかで元気に暮らしてる事を願うばかりです。