―あれ?顔が熱い。目も鼻も痛い。あれ?どうしたんだ?僕…。

「マオ、あなたは自分の変化に気付ないのね。」
マオは、アリスの言っている意味が分からなかった。
「なにに?―ねえアリス、僕は、何に気付いていないんだろう…。僕は、僕の何に気付けていないんだろう。」
「まず、あなたは今、泣いてる。それはわかる?」

―泣いてる?僕が?

マオはアリスから目が離せなかった。アリスに教えを乞うように、すがるように、アリスを見つめた。アリスはため息が出そうになるのをギリギリで止めた。
「あなた、私に会ったときからたまに泣きそうな顔をしていたのよ。『家族』の話をしているときは特にね。―そして今、あなたは泣いてる。理由なんてわからない。それはあなたにしかわからない。」
マオは、自分の頬に手を当てる。すると手の平が濡れていることに気付いた。それが涙だと気づくまで時間がかかった。

―泣いてる…。僕は泣いてる…。なんでだ?なんで泣く必要があるんだ?僕は、オオカミに食われてない。家族のほうがよっぽど怖い目に遭ったのに。僕なんて…。

「マオ。『僕なんて泣く義理はない』なんて考えてない?そんなの考えたって意味ないからね。」
「意味?」
「あなたの涙の理由なんて知らないし、泣くことで何かが解決するなんて思わない。でも、泣いていること自体を否定しなくてもいいんじゃない?」
「…なんで…?」
「逆に聞くけど、なんで泣いちゃダメなの?人間生きてたら泣くでしょ。意味なんてなく、心にぽっかり穴が開いたり、悔しかったり。いろんな感情がごちゃ混ぜになって…。さっきの私みたいにね。」

アリスの言葉に、マオは自分のこれまでを振り返ってみた。父がけがをしたとき、姉が結婚した時、家族は泣いていた。しかし、泣いている自分のことは思い出せなかった。では、笑っている自分は?

「アリス、僕は…。泣いた自分も笑っている自分も、なにも思い出せないんだ。」
「…そう。」
「楽しいことはあったと思うんだ。でも、何一つ思い出せない…。でも、僕はかわいそうな子じゃない!それだけはわかってほしい。」
「思わないわよ。でもね、マオ。」

アリスは、この街でパンを食べるマオの姿を思い出していた。

「あなたは、結構自分に正直よ。だって美味しいものを食べているときは目をキラキラさせながら食べてたじゃない。忘れちゃった?」
「…ううん。覚えてるよ。本当に美味しかったから。」
「あなたは、無意識に自分を抑えてるだけで、とても素直な人なのよ。だからこれから見つけていけばいいのよ。」
「見つける?」
「家族の復讐より、今からでも自分の目標を見つけることは遅くないんじゃない?」
「目標?―僕が、生きる理由なんて…」
「そんなこと言わないで、これから見つけていきましょう。」


【生きている理由。それは、この旅の先に見つかるのか。―それは、マオにもアリスにもわからない。
―しかし、進んだ先に何があるのか。それを知るためだけの旅でもいいのではないか。

そう思いながら、マオは前に進むことにした。】