5月19日(火)、室蘭本線と石勝線がクロスする場所で撮影後、苫小牧へ向かう途中、もう一度「道の駅あびらD51ステーション」へ立ち寄ります。
炭鉄港(たん てつ こう)の看板も掲げられています。
炭鉄港とは、空知地方の石炭(炭)、室蘭(鉄鋼)、小樽(港)の三都とそれらをつなぐ鉄道を舞台とした北海道の近代化産業遺産とのことです。
1970年代、北海道へ蒸気機関車撮影に行っていた時に、我々はまさにこの「炭鉄港」を実体験していたと思うものです。
なお、私は勉強不足で今まで「炭鉄港」を知りませんでした。
そしてこの「たんてつこう」と言う言葉の響き、今もなかなか頭から離れません(笑)。
気になっていたシール等を購入します。
D51320、そして安平町は「菜の花」の街でもあるとのことです。
朝に寄った旧室蘭駅にも「炭鉄港」の看板等が掲げられていたものです。
炭鉄港のカードがここにあるとのことでしたので、お土産を買いながら聞いてみますと今は配っていないとのこと、代わりに安平町の「マンホールカード」を出してきてくれたものです、本当にありがとうございました。
D51320が走る素敵なマンホールカードでした。
新得町でもいただいていた「マンホールカード」も載せさせていただきます。
こちらはD5195の煙室扉のカッコ良いデザインでした。
秋田行きのフェリーの出航地の苫小牧東港へ向かいます。
途中で見える菜の花の丘です。
苫小牧東港へは17時頃に到着です。
フェリーの出航時間は19時30分、乗船までまだ時間があります。
近くを走っている日高本線を見に行ってみます。
浜厚真(はまあつま)駅です。
線路には親子の鹿が、こちらをずっと見ていました。
鹿さんも鉄分補給だったのでしょうか?。
ちょうど鵡川(むかわ)駅行きの列車が、勇払川橋りょうで撮影です。
勇払→浜厚真 17:59
そして港へ戻ります。
新日本海フェリーの「らいらっく」が待っていてくれました。
出航、苫小牧東港の夜景です。
思わず「北海道よー ありがとう さようなら またいつか来る日まで それまでお元気で」と話しかけていたものです。
船のレストランで夕食を、です。
家族は「ザンギ定食」、私はビールで乾杯でした。
貸し切り状態の客室「ステートB」へ、あとは寝ていくだけ、爆睡でした。
次の日20日(火)の朝は青森県の西海岸の艫作(へなし)沖で迎えます。
男鹿半島も見えてきました。
右に少しだけ見えるのは寒風山です。
秋田港へ入ります、洋上風車が迎えてくれました。
朝の7時35分に無事到着、約12時間の船旅でした。
7日間の北海道旅行も終わり、8時17分に自宅へ無事到着です。
車のメーターを見ますと1648KM(自宅から秋田港までの往復の距離を引きますと)、北海道で走った距離は1630KM、思ったよりは少なかった?ものです。
(苫小牧→千歳→夕張→トマム→帯広→音更→狩勝峠→新得→鹿追→上士幌→足寄→陸別→北見→遠軽→丸瀬布→上川→塩狩峠→旭川→美瑛→富良野→赤平→滝川→美唄→三笠→栗山→北広島→札幌→定山渓→支笏湖→洞爺湖→昭和新山→礼文華→(小幌)→洞爺湖→室蘭→登別→白老→苫小牧→安平→苫小牧を走ったものです。)
最後に1973年8月11日の早朝、苫小牧駅で撮った蒸気機関車の写真を載せさせていただければと思います。
D51138が出発しようとしています。
小樽築港機関区の罐、千歳線を走ってきてこれから東室蘭まで行くのでしょうか?
もう1枚はC11、日高本線へ入る準備をしています。
逆光でネガも傷がついていて見れる状態ではなかったのですが、パソコンで明るく処理等したもので、初めて載せさせていただいたと思います。
本日もありがとうございました。
お身体、大切にしていってください。






















