今から51年前の1974年4月27日、23時15分に函館港に着いた青函連絡船を降りて桟橋を走ってホームで待っている急行「すずらん4号」の座席を確保します。

この日は高校の授業があった土曜日、急いで学校のある土崎からバスに乗り秋田駅へ、秋田駅13:58発の急行「北国」で青森駅へ、そして青森港19:25発の27便へ乗り込み函館へ到着したものです。

(高校受験が終わり3月末に北海道へ渡る予定だったのですが、出発前日に高熱をだしてしまい行けず、4月末の連休前半の数日前に再チャレンジすることを思いつき急遽決行したもの、1人だけの旅です、もちろん今回は両親から許可を得ているものです(笑)。

(今回もネタ切れですみません。))

 

青森港です。

到着したこの青函連絡船の折り返し便に乗ります、「大雪丸」だったのでしょうか?

暗くなってきた青森、街の灯りが水面に映ってなにかきらびやかだったものです。

 

(函館本線、室蘭本線・急行「すずらん4号」)

函館駅発   23:40

  ↓ 

苫小牧駅着   4:45

 

4時45分、もう明るくなっている苫小牧駅に到着です。

留め置き線ではたくさんのD51が縦になって休んでいます。

 

 

(室蘭本線・DC)

苫小牧駅発  5:05

  ↓

追分駅着   5:40 

追分の街はまだ静か、ただ機関区は動き始めていて機関庫等から出てくる蒸気機関車の汽笛が聞こえてきます。

D51764(追分区)の牽く石炭列車が出発します。

 

追分の機関庫です。

真ん中から右へ、D51345(ギースル煙突)、D51286、D51711(ギースル煙突)です。

この2年後の1976年4月、とても残念なことですが焼失してしまったものです。

 

 

(室蘭本線・D51)

追分駅発  6:58 

  ↓

栗山駅着  7:30

D51467(岩見沢第一区)が牽く客車で栗山駅へ移動です。

今思いますとなんて贅沢なのでしょうか。

 

栗山駅からは憧れの栗岡駅まで線路沿いを歩きます。

ひっきりなしに蒸気機関車が、何本撮影したのでしょうか。

 

 

(室蘭本線・C57)

栗岡駅発  9:21

  ↓

岩見沢駅  9:45

今回も蒸気機関車、岩見沢駅へはC57で移動です。

写真のできがイマイチで今までよく見ていなかったのですが、山口百恵ちゃんも乗ったC57の135号機(岩見沢第一区)だったものです。

 

岩見沢駅へ到着です。

岩見沢第一機関区へ、とにかくすごい広さと蒸気機関車の多さにびっくりです。

当時は東洋一の広さだったとのことです。

キューロク「59610」(岩見沢第一区)です。

 

D51297(滝川区)もやって来ていました。

へとへとになって岩見沢駅へ戻ります。

 

 

(函館本線・急行「天北」)

岩見沢駅発  11:10

  ↓

滝川駅着   11:45

 

ちょうどD51857(深川区)が出発します。

 

D51147(深川区)の後補機が付いていました。

深川経由で留萌本線から帰ってきたのでしょうか?。

滝川市は今、NHKで再放送されている朝ドラの「ちょっちゃん」、黒柳徹子さんのお母さんの出身地でもあります。

また、私の大好きなフォークシンガーの高石ともやさんの出身高校がある所でもあります。

 

 

(函館本線・「かむい4号」)

滝川駅発  12:44

  ↓

深川駅着  13:02

 

今回の大きな目的、D61に会うために降り立ちます。

この頃は情報は少なかったのですが、深川区のD61は風前の灯とのこと、果たして会えるのでしょうか。

 

機関庫の中にD61の4号機がいました、大感激です。

 

ここで機関区の方に、「D61の4号機は機関庫からいつ出てくるのでしょうか?」と何気なくお聞きしたら、おもむろに立ち上がられキューロクに乗り込まれ、引っ張ってD61が出てきたものです。

ここ深川での滞在時間は1時間ちょっと、その間にD61が出てきてくれるとは、本当にラッキーだったもの、ありがとうございました。

 

気を良くして、最終目的地の旭川へ向かいます。

 

 

(函館本線・急行「なよろ2号」)

深川駅発  14:04

  ↓

旭川駅着  14:28

 

もう一つの大きな目的、C55に会うためにやってきました。

旧流線型のC55の30号機が出発の準備をしています。

旭川機関区の転車台に乗ります。

 

倶知安区にもいたキューロク「79616」を見つけることができました。

二つ目は取り外されて、普通の前照灯と副灯になっていたものです。

このC5530が牽く17時30分発の321レの出発を撮影後、旭川駅を出発して秋田へ帰る旅路についたものです。

途中の滝川駅、藁で作った暴風(雪)柵に覆われた機関区の転車台に乗っているスノーブロアをまだ付けたD51の4号機の姿が今でも目に浮かんでくるものです。

 

秋田駅着は翌29日(月・祝)の15時43分、その次の日の4月30日(火)から5月2日(木)の3日間は普通に学校へ行ったと思うものです。

撮影はたったの1日間だけだったのですが、D61とC55に会えたこと、そして追分、岩見沢第一、滝川、深川、旭川の機関区を回ってたくさんの蒸気機関車に会えたことがとても嬉しかったものです。

 

この年の夏休みはデパートでアルバイトをして、北海道へ3回目の撮影に行くことになるものです。

 

 

本日もありがとうございました。

 

 

お身体、大切にしていってください。