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―おっさんの日常と非日常―

「はじめて心療内科へ行く前のこと」

 会社を休んだ。普段のとおり、家を出て普段どおりの電車に乗ったが、普段どおり会社に着くことが出来なかった。私は英語の学習のため耳にイヤフォンをしていた。音楽を聞き流すのとは違い、多少なり集中して聞いていたため、音をシャットダウンしていたことになる。私は電車がイレギュラーな運転 ―― 折り返し運転が行われていることに気付かずに出発駅に戻ってしまっていた。
 降車した私の体からは力が抜けていた。昨日は直接業務ではないが、間接業務で失敗をし、お客様からお借りしている資材をなくしてしまったことでお客様に頭を下げにいったところだった。
 ―― 『お客「様」から「お借りしている」』と口にしている自分が、なんとなく嫌だ。どことなく滑稽な物言いな気がする。
 なんだか腹が痛い気がしてくる。ストレスが可視の存在に思えてくるほど鬱屈とした気が晴れない。私は会社へ「病院へ行くから、会社を休む」旨を連絡した。

 自宅に戻ると、妻は驚いた。「早かったね」と笑いながら出迎えてくれたが、内心は穏やかではないだろう。妻は程なくして出社のため家を後にした。 
 私はとりあえず、PCの前に座りWebブラウザを開くと「診療内科 千葉」とキーを叩いた。診療内科、私は自分が精神的に犯されていると認識したのだろう。
 どうやら家から徒歩五分程度の場所にメンタルクリニックがあるらしい。電話での事前予約が必要で、朝九時受付となっているから、今から一時間半ほど時間が余る。「さて、何をしようか」と、私はとりあえず眼前の画面を眺めた。インターネットの広告は破廉恥なものが多い。私は決してクリックはしないが、久々に自慰をすることにした。
 最近、自慰をしていない。結婚する前は日課になっていたが、結婚後は妻が生理中を除き毎晩セックスをするようになり、自慰をしなくなっていた。自慰は男性にとって必要不可欠なもので、精神を衛生的に保つ上で重要な行為らしい。

 なぜだか自慰が手馴れない感じがする。亀頭を包皮を伸ばし摩擦するが、想像の快楽とはおおよそ違ったものしか得られない。私は妻とのセックスを思い出しながら自慰に耽った。
 精子をティッシュに放ったあと、私は虚脱感に襲われた。何もしたくない、眠りたい感覚が私の目蓋を重くする。私は通勤の朝は電車内で眠ることが多い。夜、自宅に帰ってきてすぐに寝たとしても十分な睡眠は取れない生活をしている。なのに、毎晩セックスをし体力を消耗している。会社では頻繁に集中力が途切れ、ミスをしそうになる手前ではっとすることが多くあった。
 眠いとき、私は投げやりな怒りを発することがある。
 「どうでもいい。どうにでもなれ」と、自暴自棄というか「なんとかなるだろう」と楽天的な考えが生まれ、考えることを放棄してしまう。
 これが殺人や自殺の衝動なのかもしれない。殺人者や自殺者はこの私が「眠い」と感じているような倦怠感を患っているのかもしれない。

 九時になりメンタルクリニックに電話を掛ける。「本日は予約がいっぱいだ」と言われる。仕方が無く、別のメンタルクリニックを探し、電話を掛けるが、どこも予約がいっぱいらしい。私は頭の中がぐるぐるしてきた。私は腹が立ち電話を投げ捨てる。精神を病んでいる人は多い。病院はどこも予約がいっぱいだ。だから、病院に診てもらえない人もきっと多い。私を診ることのできる医者はいないのか。たらい回しにされているような感覚。しかも、どこも電話応対がおざなりで露骨に「うちは忙しいから掛けてくるなよ」と言わんばかりなのが残念だった。私は精神病を診るところなのだから、人の気に触れないような柔らかな応対をして当たり前だと思っていたのかもしれない。会社を休み、病院にも行けない。特に何かしたいこともない。

 私はもう一度メンタルクリニックを探し、そしてもう一度電話を手に取った。もう一度電話を掛けた。すると「午後からでしたら、診察できます」との返事をもらえ、予約を取り付けることが出来た。私は寝て少し待つことにした。しかし、私は思った「どこも予約いっぱいの中、予約を取れたクリニックは平気なのだろうか、藪医者じゃないか」。ただ、それをくよくよと気に病むほどの余裕は無く、私はベッドに横たわった。

 
(次回へ続く)