日が山にかかり始めた頃、酒場はにぎわいを見せ始める。
マスターはカウンターに座る客と談笑しつつも手を止めず酒や軽食を用意し、厨房へ大きな声で指示を飛ばしながら料理を次々と給仕に運ばせる。
給仕は客と談笑したり、臀部や胸元にのびる手をかわしときにはぴしゃりとはたき落としながらも忙しなく料理を運ぶ。
そして客は酒をすすめるに連れて声を上げて笑う者もいれば、声を上げて泣く者、盛大に罵り合いを見せる者達と様々な反応を見せるが
そのほとんどは見るからに傭兵や冒険者の装いをしている。
酒場とは傭兵や冒険者との交渉の場であり情報交換の場であるから自然とそういった者達が集まる。
ゆえに点在する、そうでないものはひどく目立つ。
すでに席の埋ってるテーブルや給仕をそろりそろりと避けてカウンターに向かいやってくる14、15歳程の少女もその一人だった。
「よう、嬢ちゃん」
少女はマスターにこんばんはと挨拶し、そのままカウンター席にこしかける。
そして茶とバケット、ポテトを頼むとふぅと息をついた。
「ハムはいいのかい?」
「切り詰めないと危ないので」
ハムがあっても十分粗食と言えるのに、さらに切り詰めるという。
マスターは苦笑いし、バケットに潰したポテトとハムを添え少女の前に置いた。
ハムを見た少女が何か言い募ろうとする前に手でそれを制する。
「いくら女の子でも嬢ちゃんくらいの子は食べねぇと駄目だ。ハムはサービスだ、食っとけ」
反論は受け付けないと態度で示すマスターにぺこりと頭を下げ、ありがとうございますと言い添える。
彼女が食費を削る理由はひどく間抜けな理由で、財布をすられたからである。
鞄や靴の底、帯の内側などにある程度の金を隠していた為それでなんとか食いつないではいる。
切り札もあるが容易に使う訳にはいかない。
が、それには限界があるので護衛などとして資金を稼ぎたいところだ。
だがこの酒場に顔を出してもう6日になるが、未だに仕事はこない。
2日目に少女から事情を聞いたマスターが何度も仕事を斡旋はしたものの、どれも契約には至っていない。
決して少女が選り好みをしてる訳ではなく、依頼主が彼女を見て尻ごみをするからだ。
こんな少女に護衛が務まる訳はないと、胡散臭そうに言うのだ。
彼女自身もそう考えるのも無理はないとは理解はしてるが、やはりその反応を思い出せば溜息がでる。
さらに宿代と食事代も払えてあと2日分だということ事実が彼女を余計に滅入らせた。
「いっそここで何日か働くかい?」
「そうですね…」
そう答えながら、懐から手紙を一枚取り出す。
「言ってた切り札か?」
「はい、そろそろ使うべきなのかもしれないとは思うんですが…」
手紙をじっと見つめ考え込む少女の頭を、カウンター越しにぽんぽんと叩いてやる。
黙ってそれを受け入れた少女に対し、マスターは優しい笑みを浮かべていた。
「嬢ちゃん、切り札は切れるときに使うもんだ。ここで働くのは、それが駄目だったときでいいだろ」
その言葉を噛みしめるように目を閉じ、深呼吸して目を開ける。
はい、ありがとうございます、その日初めての笑みを浮かべて答え、ポテトを乗せたバケットに手を伸ばす。
少し冷めていたが、とても温かい味がした。