既述のとおり、博士号の取得には査読付論文をジャーナルに投稿・採録される必要がありますが、ほとんどの論文が一発採録となることはなく、査読者のコメントが付記されて、期限内での修正が求められたり、掲載不可とされるケースもあります。
その分野の専門家の先輩とも言うべき査読者は、論文に足りていない情報、分析、構成などを相当に厳しく、気付く限り指摘してくれます。
学術論文が、専門誌とはいえ社会一般に発信されることを考えれば、このシステムは納得できますし、この査読コメントに従って自らの論文を修正することは、自分では気づかなかった論文の不備をカバーすることになり、より論文の価値や説得力を向上させることに繋がります。
しかしながら、少なくとも自分の中で納得して投稿した論文に対し、対応に手間の掛かる指摘だったり、論文の意味や価値を揺るがすような辛辣なコメントを受けることもあり、わかってはいても結構凹むと思います。
基本的には査読者のコメントに従って論文を修正しない限り、当該ジャーナルでの採録はありえないので、論文の論旨や主張を曲げない範囲で、査読者のコメントを受け入れ、内容を調整していく必要があります。ジャーナルのエディターに対して異議を唱えるシステムもありますが、時間の無い社会人にとって、変に泥沼化させる意味は無いと思います。
また、この論文の修正作業に対しても、社会人博士にとっては、時間が無いことが最大のネックになります。
※査読システム自体に時間がかかることは、学術論文の世界では共通に課題認識されていますが、社会人にとっては、博士課程後半のよほど追い込まれた状況以外では、それほど大きな問題ではないかと思います。
修正対応のタイミングと期限が読めないことは、かなりのハードルになります。
まず、論文を投稿した後に査読結果やそのコメントが戻ってくるタイミングがわかりません。忙しい社会人であるほど、作業計画が立てられないことはストレスに感じるかと思います。
加えて、修正作業に与えられた時間は1ヶ月~2ヶ月と短く、業務が忙しいタイミングでの対応は相当に疲れます。
ただ、考え方として、この1ヶ月~2ヶ月という短い期間設定は、苦労して書いた論文が世間一般に発信する最大のチャンスであることは事実です。学会によっては、予め連絡を入れることでこの期限を延ばしてくれたりしますが、その場合には当然に採録時期も遅れますし、時間ができることにより、論文内の情報の鮮度が劣化したり、社会情勢が微妙に変化したりして、社会的な認識と論文の主張がズレたりすることもあり、修正期限の延長にはデメリットも多いです。
よって、結論としては、どんなに短い修正期限であっても、可能な限りの対応を施し、期限内に修正論文を提出すべきと考えます。
どんなに辛辣で意地悪にさえ思えるコメントをした査読者であっても、著者と多少意見の異なる査読者であっても、自ら指摘した事柄について適切に修正された論文に対しては、それ以上の大幅な修正要求はできませんし、それは理屈が通らないので、修正論文の提出により、採録には大きく近づくはずです。
「エディターが指定した期限を守り、査読コメントに対して網羅的に修正の上で提出し、万が一、不備が再度指摘されるようであれば、その時には、採録時期の遅れについては諦め、追加で修正対応を行う」
といった、学会側の意向に最大限沿いつつ、ある意味開き直って対応する姿勢が求められます。
その分野の専門家の先輩とも言うべき査読者は、論文に足りていない情報、分析、構成などを相当に厳しく、気付く限り指摘してくれます。
学術論文が、専門誌とはいえ社会一般に発信されることを考えれば、このシステムは納得できますし、この査読コメントに従って自らの論文を修正することは、自分では気づかなかった論文の不備をカバーすることになり、より論文の価値や説得力を向上させることに繋がります。
しかしながら、少なくとも自分の中で納得して投稿した論文に対し、対応に手間の掛かる指摘だったり、論文の意味や価値を揺るがすような辛辣なコメントを受けることもあり、わかってはいても結構凹むと思います。
基本的には査読者のコメントに従って論文を修正しない限り、当該ジャーナルでの採録はありえないので、論文の論旨や主張を曲げない範囲で、査読者のコメントを受け入れ、内容を調整していく必要があります。ジャーナルのエディターに対して異議を唱えるシステムもありますが、時間の無い社会人にとって、変に泥沼化させる意味は無いと思います。
また、この論文の修正作業に対しても、社会人博士にとっては、時間が無いことが最大のネックになります。
※査読システム自体に時間がかかることは、学術論文の世界では共通に課題認識されていますが、社会人にとっては、博士課程後半のよほど追い込まれた状況以外では、それほど大きな問題ではないかと思います。
修正対応のタイミングと期限が読めないことは、かなりのハードルになります。
まず、論文を投稿した後に査読結果やそのコメントが戻ってくるタイミングがわかりません。忙しい社会人であるほど、作業計画が立てられないことはストレスに感じるかと思います。
加えて、修正作業に与えられた時間は1ヶ月~2ヶ月と短く、業務が忙しいタイミングでの対応は相当に疲れます。
ただ、考え方として、この1ヶ月~2ヶ月という短い期間設定は、苦労して書いた論文が世間一般に発信する最大のチャンスであることは事実です。学会によっては、予め連絡を入れることでこの期限を延ばしてくれたりしますが、その場合には当然に採録時期も遅れますし、時間ができることにより、論文内の情報の鮮度が劣化したり、社会情勢が微妙に変化したりして、社会的な認識と論文の主張がズレたりすることもあり、修正期限の延長にはデメリットも多いです。
よって、結論としては、どんなに短い修正期限であっても、可能な限りの対応を施し、期限内に修正論文を提出すべきと考えます。
どんなに辛辣で意地悪にさえ思えるコメントをした査読者であっても、著者と多少意見の異なる査読者であっても、自ら指摘した事柄について適切に修正された論文に対しては、それ以上の大幅な修正要求はできませんし、それは理屈が通らないので、修正論文の提出により、採録には大きく近づくはずです。
「エディターが指定した期限を守り、査読コメントに対して網羅的に修正の上で提出し、万が一、不備が再度指摘されるようであれば、その時には、採録時期の遅れについては諦め、追加で修正対応を行う」
といった、学会側の意向に最大限沿いつつ、ある意味開き直って対応する姿勢が求められます。