久々の投稿なのに過去の投稿から一転、過激なタイトルになってしまいました


去年の春、思いもかけずタロットに出会い、そこから様々な神秘体験(と思われるもの)を経験し、その経験を通して感じたこと、学んだことを伝えることで地球のアセンションに貢献し愛と調和の世界をみんなと一緒に実現していきたい


本気でそう思っていました


究極的な想いや理想は今も変わりませんが、こう文字に起こすとどこかの誰かが発信していることをそのままコピーしているように見えてきました


タロットに出会ってからの一年間はyoutubeでスピ系youtuberさんの動画を熱心に見て自分の経験と重ね合わせてみたり、仏教を始めとする宗教について調べてみたり、日本や海外の神話から洞察を重ねてみたり、宇宙の法則の本を読んでみたり、ありとあらゆるスピリッチュアルな世界観というものに興味を持ち調べることに一生懸命になり、自分に起こったことの意味を知ろうとやっきになっていました


その中で気持ちが救われたり、知識としての学びがあったり、自分に取り入れたことも勿論たくさんありました
と、同時に何とも言えない違和感のようなものも同時に感じていました


そして一年かけてやっと気づいたんです


世間で出回っている本やネットの情報、霊能力者、占い師、スピ系youtuber、その他諸々、そこに知りたい答えはないということ

 


これがわたしの言う「脱スピリッチュアル」
自分以外の外の世界に答えを求めることを辞めること


もっと言えば答えなんてそもそも存在しないということ


それは外の世界(現実世界)ではなく自分の内側に既にあるけど決してたどり着けない不可知のものであるということに気づくということ


不可知なものを追求するために人は考え続ける


自分に真っ向から向き合い考え続けることでイメージやビジョンが広がり、今まで自分になかった可能性に気づき、そこから沸き上がってくるエネルギーを使って選択し行動を起こすことでどんな自分にも変わっていける


だからこそ自分は無限の可能性を秘めた存在なんだと気づくこと


わたしはこの先の人生でどこにエネルギーを向け、どのようにして限りある命を燃やして生きていくのか
ありとあらゆる制限の中から希望を見出し自分という人間をどうこの世界で表現し自己実現していくのか


何者でもない自分が何者かになろうと絶えず自分のエネルギーを輝かせて生きる

 

それこそが「人間らしくスピリチュアルに生きる」ということではないでしょうか


そして自分の人生を全う出来たとき、人生の幕を閉じる最期のときに

「この人生を生きれてよかった」

とこころからの感謝と愛を感じながら、
何者でもない自分の魂に戻って行くんだと思います


人生は一瞬の打ち上げ花火に例えられます

死は必ずいつか誰にでも訪れます
その儚い人生の中で、あなたはどんな美しい打ち上げ花火を上げたいですか?

 

 

 

ここまで読んで下さりありがとうございましたクローバー