自分の事は自分で決める。それは基本なのに… | 介護職員の本音 「認知症介護を楽しく乗り切ろう」

介護職員の本音 「認知症介護を楽しく乗り切ろう」

世間の介護事情や認知症介護についてあれこれ言いあう場。政府だけに頼らず手っ取り早く現場を変えられるのは介護職員です。

私の母が手術をすることになり、私が病院に付き添いました。

腕の骨折だけで済んだのですが、最初は母は手術を拒みましたけど………

(◞‸◟)




今回の記事は、前回の母親の、その後の話では無いのですが、認知症ケアにおける尊厳についての話です。




母親は手術をすることを決めて病院に来たのに、いざ診察室に入ると手術はしないと言い張ります。あんなに家で話し合いをしたのに………
まあ人間ですから土壇場で気持ちが変わることはよくある話だし、普段ならイライラすることもないでしょう。
職場ではこんなこと日常ですから。




でもいざ自分の親だったら…………



心の中では、まあ〜しょうがないか…と思いつつも
こっちも仕事があるし、いつも休めないと心の中でかなりイライラしていました。

私は「婆さんが自分で決めれば良いことだけど、先のこと考えれば、いま手術をした方が良い」私は何度も母親に自分の思いを訴え続けたのです。
そばにいた整形の先生も私たちのやりとりに困ったでしょうね〜。

一旦診察室から出て、待合室で説得したのですが……



その時説得しながら、心の中で自分の矛盾に嫌気がさしていたのも事実あります。


「認知症高齢者の尊厳」

母親は軽度認知症?
いや…
もしかしたらもう認知症かもしれません。

そんな母に私は「自分のことは自分で決める」決定権を奪っているからです。


確かにその場でうろたえている母は、いま決断出来る状態では無いな〜
そう私は感じていました。
母も先生に同じことを何度も聞いて、パニックになっています。
あきらかに認知症がある症状でした。


でも私は冷静に母親を職場の利用者のように、気持ちを共感することも、受容することも出来なかったのです。



尊厳もへったくれもありませんよね。



幸いに待合室で母親が
「そうだ。私は手術をお願いするために病院に来たんだよね」と
正気?に戻ってくれたのですが………



認知症だって自分の事は自分で決める尊厳はあります。

でも私は分かっていながらも、それを奪おうとしていました。



最悪です。



明日母は手術の為に入院します。


自分は母を一人の人間として今後ケアできるのか不安です。