5月からスタートし、
7月3日に全公演完走で、
幕を閉じたミュージカル
「四月は君の噓」。
この作品は、上演が延期ではなく、
中止となってしまって
からの2年も含めて。
構想から約6年。
その間、当初決定されていた
キャストさんも残念ながら
出られない方もおられたと思います。
どれほどの方々の思いが
こもっているのでしょう。。
私は、東京公演1回、
名古屋公演2回、兵庫公演2回
の計5回、観劇させていただきました。
その間、有難いことに、
Wキャストのお二方の
お芝居を観る事ができました。
私、個人の感じ方ですが、
お二方とも、素晴らしい。
(語彙が足りなくてごめんなさい)
本当に、舞台、ミュージカルが
好きな方が演じられいるんだな
という印象。
そして、
有馬公生を通して、
作品のメッセージを伝えるために、
それぞれの俳優さんがが向き合った
表現の仕方なのだと。
のちに、福岡公演の2公演を
配信で両方とも視聴させていただき、
この結論に至りました。
上演当初から、SNSでは、
多くの方が
熱心に作品について
語って下さり、
ほんとっ!、同意しかないと
いう感じです。
私は、演劇素人でもありますし、
ほぼ、独り言のような内容ですが、
読んでやってもいいよーなんて
思ってくださったら、
ぜひお付き合いください。
まずは、印象に残った事は、
とにかく、若い方の溢れる才能と
エネルギーが凄い!!
アンサンブルさんの皆さん
の熱唱および表現!
(演劇、歌劇素人目線お許しください)
ステージでは、その迫力に圧倒され、
皆さんの登場のたびに、
鳥肌がとまらなかったです。
その高揚感を感じるのが
観劇で、とても楽しみでした。
また、配信ですと、
アンサンブルさん方の
表情や動きの豊かさがよく見えて、
それにより、またシーンが
色づいています。
パンフレットを拝見し、
その中には、有名作のアンサンブル
実績ある私が好きな俳優さんも
出ておられ、
大変期待が高まっておりました。
そして、実際に聴いてみると、
20代の前半と
後半以降の経験のある方々の
層が充実していて、
まさに
幾重にも織りあわされた
一つの美しい
カラフルな織物のような。
素晴らしい歌声と表現。
まずは、そこに圧倒されました。
メインキャストの皆さんは、
舞台や映像で活躍されている皆さん。
2年の間に、他の作品にも
多数出られて、よりご経験を
積んでの舞台。
原作アニメを7周もご覧になって
臨んだ、小関さんは完全に
有馬公生でした。
公生は、母の死をきっかけに、
自分のピアノの音が聴こえなくなりました。
ピアノの音が聴こえないという
体感的な苦悩とともに、
母が亡くなったのは
自分のせいだ、という思いの
呪縛から抜け出せずにいて。
それが、罰として当然だ、
幸せになってはいけない
ピアノももう弾かないし、
弾けないのだと、
贖罪を背負って
生きているのです。
その視線は、目に光が無いと
表現されるように、
諦めと絶望と、拒否感、
寂寥感に包まれていました。
御園座では、
2階席は、オーケストラピットが
見えるため、
音がポーンと、天井に解放される
感覚などが、視覚と聴覚をとおして
感じることができてより
臨場感を感じられ、
大変贅沢な時間でした。
住まいに近い御園座で、
小関さんの公演を観ることができて、
とても嬉しく、思い出深い公演です。
小関さんは、俳優とは、
その役の人生を全うすること、と
インタビューで拝見したことがあります。
まさに、有馬公生を生きる、
小関さんがそこにいました。
ポジティブな感情を封じ込めた、
モノクロ中。
もう出るまい、と思いながらも、
どこかでその出口を渇望している様子。
かをりと出会うことで、
その想いを重ね、カラフルな世界への
旅の出口を見つけたような。
「聴こえないことは、贈り物だよ」
「暗闇の中、歩き出そう」
少しずつ光の方へ勇気を与えれて。
二人なら。
苦しんできた呪縛は、
自分自身が創り出した母の幻。
背負い続けた、公生の苦しい日々。
「愛の悲しみ」を奏でるうちに、
終わりをつげていました。
公生の中で生きる母は、厳しかった、
笑顔を向けなかった
母ではなくて、
大切な子供をとてもとても心配する
本当の母の姿、であってほしいですね。
7月2日マチネでの小関さんは、
私がみた君嘘シーンの中で、
最大級に素晴らしかったです
(もう、お気づきかと思いますが、
私は、小関裕太さんヲタです)
また、リトル公生くんが、
車いすに楽譜をそっと置く演出。
ぐっときましたね。。。
新しい世界への旅の扉へ。
ガラコンの当日、
姿を現さなかったかをり。
「全部、君のせいだ」
といった彼の心情。
これは、個人的な解釈ですが、
言葉どおりのネガティブな
意味ではなくて、
諦めていた人生に熱情を
思い起こさせた、
自分と向き合う勇気を与えてくれた、
かをりへの
感謝の言葉にも聴こえたよう
に思います。
小関さんのお芝居を通して、
苦しさと共に、人はそうやって
生きていくんだろうと。
ふと、思い出した言葉があります。
(それは後編で。)
その後、公生から、母との別れを
聞かされた かをり。
彼の旅立ちを心から喜びながらも、
二人で出たはずの旅、
いつの間にか、公生は一人で
歩き始めています。
そんな彼をどんなふうに
見ていたでしょう。
かをり演じる生田さんの表情と歌唱。
いろいろな表情を魅せてくれました。
配信になってもなお、
ここでこのような表情を
されていいたんだと
発見することが多く。
改めて、様々な感情が
織り込まれたかをりの人生を
見事に演じられていました。
生田さんのお芝居と歌唱に、
何度泣いたかわかりません。
ある時は、可憐で、ある時は、
楽しそうで、ある時はとても
儚くて、全てが、かをりでした。
そんな思いを受け止めるかのような
言葉に聴こえてならないのが、
その後のかをりが申し込んだ
ピアノコンクールで。
「一人になんかさせてやるもんか、、」
という言葉。
母だけではなく、好きな人までも
奪っていこうとする音楽。
これからも、その音楽に
対峙していく覚悟と
大切な人を心に刻んでいく誓いにも
聞こえました。
そのシーンは、
かをりの手術とかをりの手紙の
シーンに続きます。
バラードからの「君が聞こえる」
コンセプトアルバムで聴くだけで
何度泣いたことでしょう。
原作とアニメを観させていただいて、
その世界観を知ってはいましたが、
この楽曲が伝えるものはまた、
直球で心に響いてきて、たまりませでした。
ここからのラストのシーンは、
なんと表現したらいいのでしょうね。
これからどれだけ季節が巡っても
公生の人生が、カラフルで
明るいものであってほしい。
このご時世に全日程の公演を
無事に行えるという奇跡。
カンパニーさんの努力なくして
実現しません。
本当に感謝しかありません。。
ありがとうございました✨
また、残念ながら中止になってしまった
他の作品であっても、関係者の方々は
日々、身と心を削るような日々を
過ごされてきたと思います。
私達に夢と希望を与えてくれる
演劇の世界の灯をともし続けるためにも
優しい世界であってほしいです。
後半では、今回お話しできなかった
素敵なところや
カーテンコールの
ご挨拶などを
独り言でお話したいと
思います。
配信期間に投稿を間に合わせたくて、
ちょっと急ぎ足になりました。
読みずらかったらごめんなさい。
最後まで読んでいただき
ありがとうございました。