がんナースのおし(も)ごと -11ページ目

がんナースのおし(も)ごと

検診では見つからなかった進行浸潤がん(子宮腺扁平上皮がん)と、検診で見つかった早期大腸がん。そんな2つのがん経験者ナースの、日常や生き方を綴っています。

息子が中学を卒業しました🌸


私が子宮頸がんの告知を受けた時

息子は小学2年生でした。




ガンという病気がどんな病気かわからないはずであろう息子に、話をしたことが昨日のことのようです。



腺癌は予後不良と、どの文献を見ても書いてあったので、私死んじゃうんやショボーン

と思いながら、当時小学6年生だった娘と、息子に話したのは、ガン告知を受けてすぐでした。


涙を堪えて話した記憶が蘇ります。



お母さんの身体に悪いものがいるらしいから、

お腹切って、取り出してもらってくるね!



入院するから寂しいと思うけど、お父さんもいてくれるし、ばあちゃんもじいちゃんも、色々手伝ってくれると思うからね照れ



涙が出ると困るので、サラッと笑顔で話したと

思います。



お母さんは全然大丈夫よー照れ

みたいなノリで。



その時は、息子もあまり理解できてなかったと

思います。


私が入院してから、地域の夏祭りがあり、息子のお友達たちがお母さんと一緒に来ているのを見て、息子が陰で泣いていたと、ママ友からメールをもらったときは、病室で涙しました🥲



お母さんと行きたかったよね。

寂しい思いさせてごめんね。



申し訳ない気持ちでいっぱいでしたえーん



でもそんな息子を、たくさんのママ友がフォローしてくれて、寂しくないようにと、泊まらせてくれたり、プールに連れて行ってくれたり、習い事の送迎をしてくれたり‥。



本当に周りに助けてもらって、親子共にここまで来れたと思っています。

あの時、力になってくれた人たちのことは、一生忘れないし、感謝に尽きません合格



コロナ禍での卒業式は、在校生も来賓も不参加で、

かなり短縮され、感動‥というより、粛々と終わりましたが‥。


受付で渡された息子からの手紙




母さん 父さんへ


いつも世話してくれてありがとう。

高校受験という人生に大きく関わるイベントがあり、

心が病んでいた時もあったけど、何度も「あなたなら出来る!」と言ってくれて、すごく心が軽くなっていました。

部活の時も、よく試合を観に来てくれ、色々な話が

できました。


学校や部活から帰ると「おかえり。」という声や、

温かいご飯が待っているのは、母さんや父さんが頑張って、仕事や家事をしてくれているからだと思います。

今度は僕が孝行したいです。




最近はあまり話したがらないだけに、息子からの手紙は感慨深いものがありましたしょぼん






そして何より、出だしが


父さん母さんでなく


母さん父さん


先に母さんなんやひらめき電球目



そこに感動🥺笑




そういや、前職場の院長がずっと私に言ってくださってたこと。


たまちゃん、子どもは母さんなんやで!

何かあった時、絶対みんな

「お母さ〜ん!!」やろ?!


そこは

「お父さ〜ん!!」じゃないやろ?



だから絶対生きなあかん!!

子どもの為に生きるんやで!!


ずっとそう言われてましたイヒ



70歳オーバーのダンディな院長でも

「おかあさーん」

だそうですウシシ



なので息子のためにも娘のためにも

やはり私は長生きしたいと思いますラブ





おチビちゃんで、身長140cmで中学入学した息子も、

165cmと、私と同じ身長になりましたラブラブ


高校生になっても、もっともっと成長してくれることを期待していますキラキラキラキラ



高校に行っても頑張ってね!!

母はずっとずっと、あなたを応援しています。



そしてずっとずっと生きています。




今日も最後まで読んでいただき有難うございました音符