「じゃがりこ 明太チーズもんじゃ」というお菓子がある。


そう言われて食べると明太チーズのような気もするが、

言われてみないとなんだかよく分からないが香ばしくて美味い、不思議な棒だ。


このお菓子を食べる度に、友人の間で今でも語り草になっているある事件を思い出す。


約10年前、20歳になったぐらいの頃。

酒も飲めるようになったので仲間内でよく居酒屋にいったりすることも増えたが、まだまだ食べ盛り、

そして酒の飲み方もよく知らないような連中で居酒屋なんて行こうものなら、バカバカ軽食を頼み、

ガブガブ飲むのでお会計が1人頭5〜6千円なんてこともざらにあった。


流石に20歳そこそこで皆金も無いペーペーな訳で、

「こういう飲み方はやめよう」と試行錯誤を繰り返す中で、辿り着いたのがもんじゃ、お好み焼きだった。


鉄板焼きはそもそも庶民的で安価な店も多く、

自分で焼いている時間が長いため、あまり他のメニューもあれこれ注文することがなく、「誰が上手く作れるか」などといったエンタメ性も兼ね備えた場所だ。


また、学生時代は全く腹にたまらないもんじゃにほとんど興味が無かったが、酒を飲むようになってからは、もんじゃとお酒の相性が抜群であることに気づき、この頃はそれはそれは、よくもんじゃ焼きに行き着くことが多かった。



ある日、新宿での遊びの流れで「今日のシメはもんじゃでも食うか!」となり、雑居ビルにあるいたって普通のもんじゃ焼き屋に仲間達と入った。


もんじゃを作るのも皆手慣れたもので、運ばれてきたもんじゃが「ひとつの丼に入ったタイプ」だろうが、「固形物と液が別れているタイプ」だろうが、

「あぁ〜こういうヤツね、なるほど」と作り方も見ずに皆チャチャッと作れるようになっていた。


海鮮もんじゃや豚キムチ、ベビースターに餅など、バラエティ溢れるもんじゃに皆が舌鼓を打った。


話も弾み、2時間ほど経った頃、

「最後の1枚といくか」とシメでももんじゃを頼むことになり、選んだのは待ちに待った、食欲を強烈にそそる「明太チーズもんじゃ」だ。


明太とチーズの組み合わせは様々な料理にも使われるほど、

味のアクセントとして主張が強く、

クセが強いのに親和性のある最強タッグなのだ。


中でももんじゃとの相性は個人的には最強だと思っており、

出汁と少しのソースという、実はかなりシンプルなもんじゃ焼きの味を一気にジャンク寄りにぶち上げ、

脳に直接旨味をデリバリーしてくる憎いヤツだ。


運ばれてきたもんじゃを早速鉄板に広げ、

焦げ目がつき始めた頃で各々好きなタイミングでヘラでこそぎ取り、食べ始めた。


一口食べ、「お、ここの明太チーズもんじゃは随分やわらかい、バランスの取れた味だな」と感じた。


仲間達とも、「やっぱ明太チーズが最強だな」

「何だかんだ変わり種はあるけど、ここに落ち着くな」とそれぞれ明太チーズが最強、優勝間違いなしと褒めたたえていた。


もんじゃ焼きの3分の2程を食べた頃、

テーブルの端に2つの小鉢があることに気付いた。


「え、これは……?」と小鉢を取り、自分の所まで持ってきて確認してみると、



明太子とチーズが入っていた。



「え!?なになに追い明太チーズ!?」

「こっから更にブースト出来るってこと!?」

と一瞬仲間内で歓喜の輪が広がったが、

同時に恐ろしい事実に気づいてしまった。


「え?待てよ、そもそもこのもんじゃ……」


恐る恐る鉄板の上に広がる"明太チーズ"もんじゃを口にしてみると、


明太チーズの味がしないのだ。

さっきまで感じていたはずの明太チーズの風味が、

蜃気楼のように消えてしまい、

そこにあるのはただの「素もんじゃ」だったのである。


我々は、誰も何一つ疑うことなく、

明太子もチーズも入っていない素もんじゃを、

"明太チーズもんじゃ"を焼いていると信じきって食べたことにより、明太チーズの幻影、

"イマジナリー明太チーズ"を舌の上で創造してしまっていたのだ。


「嘘だろ……?」という感情とともに小鉢の明太チーズをもんじゃに投入し、しばらく馴染ませて食べた。



すると、今まで幽閉されていた本物の明太チーズが

ダムが決壊したかの如く強烈な味として舌に流れ込み、美味さの大洪水が起きた。


「そうそうこれだ!」

「これが本当の明太チーズだ!」

「山岡さんの素もんじゃはカスや」

と、皆が明太チーズなんて入っていなかった悔しさを紛らわせるように饒舌になり褒めたたえた。



それからと言うものの、離れ離れになった仲間も含め年末などたまに集まる機会があれば、

「せっかくだから何か美味しいものでも食べようよ」

という話になる度、

「いうて俺たち明太チーズの味もわかんねぇしな」

と今でも擦られ続けている。



「出汁の風味が〜」とか「スパイスの香りが〜」

とか言っていても、メシを雰囲気で食べていたことがバレるともうどうでも良くなるので面白い。