「 BOXY 」のシャーペンを買ってもらったのは、
たぶん、小学三年生だったと思います。
黒いプラスチックのノック式、
シャープなペンシルで「シャーペン」、
なんて、分かりやすい名前でしょう。
ダバオ
13:00
トリルのマーケット内、
コンクリート舗装路に面した、
南西向きのカレンデリア(庶民の食堂)、
ボクが、ラジオで聴いて解らない言葉をカタカナ書きし、
ここで、いろいろと訊きます。
ここで4年働いているシンシア(24歳)、
こういう職場では珍しい細身に長身、
かるいブラウンの髪を後ろへ束ね、
お客さんを手際よくさばきます。
17、8人押し込まれるハイエースのバンで、
5時間ほどのコタバトの山間部から来たシングルマザー。
翌日の材料メモと、その値段の計算中、
ボールペンが書けなくなり、
ボクへ「ボールペン貸して?」と。
ボクはリュックの両開きのファスナーを開け、
間違えてシャーペンを渡し、
シンシアも気にせず、そのまま書き込みます。
ふと、彼女の書く手が止まっていて、
ペン先をジッと見つめ、真剣な顔つきで、
指先をそおっと動かし、
折れた芯を、あの小さな穴へ戻そうとしています。
ボク「ああ、ゴメン、ゴメン、これボールペン」と、
献血でもらったボールペンとシャーペンを交換、
ボク、ふと「シャーペンって、ビサヤ語で何て言うの?」
シンシア「 LAPIS (ペンシル)よ」
ボク「ラピスって、エンピツじゃないの?」
シンシア、同僚のジェイン(23歳)へ、
「ジェイン、これビサヤ語で何て言う?」
ジェイン「ボールペンでしょ?」
ジェインも、シンシア同様コタバトから来たシングルマザー。
二人とも高校卒、シャーペンは知ってはいますが、
使ったことはなく、名前も知らないようです。
シャーペンを使ったことがない24歳のシングルマザー、
2歳の男の子は実家でお母さんが面倒を見て、
「マイベイビーのために、一生懸命働かなきゃ」、
額の生え際、霧吹きしたような汗を拭きながら、
「ベイビー」という言葉を口にする時、
つい微笑まずにはいられない、若いお母さん。
調理の下ごしらえから、下げ膳、皿洗い、
そして、自身の服を手洗い洗濯。
ボールペンをボクへ返すその手、
その指先は幾度も幾度も擦れ、
店内に射し込み始めた西日に、艶々と光ります。
離れていても「ベイビー」は、
この手に守られています。