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最近、KY(空気が読めない)という言葉がはやっている。
空気を読むことは大切だ。空気を読めないということは、客観的な状況を把握できていないということであり、判断を誤ることになる。
しかし、KYという言葉が使われるとき、実は、KA(空気に合わせない)という意味が含められているようだ。
空気を読むことと、それに合わせることは、全く別だ。空気に合わせることが正解だとは限らない。バブル経済のころ、会社の会議で「不動産や株を積極的に買っていこう。」という議論でまとまりかけているときに、「リスクが高いので、控えた方がよいのでは。」などという意見を述べようものなら、(当時、KYという言葉があれば)「KYな奴。」と冷ややかな目で見られたであろう。
空気は判断要素の一つではあっても、当然に従うべき要素ではない。むしろ、空気に合わせることは、その情緒的な安心感によって、客観的な検証が不十分なまま一方向に偏ることが多いため、中長期的には、大きなリスクが伴うように思う。
KYという言葉が多用され、空気に合わせないことが不徳であるかのように言い募る社会は、面白くないだけでなく、中長期的には、マイナスの方向に向かっているような気がする。