CAZの彩遊記~private mode

晴れ色彩活用・C☆Glanz主宰 CAZ(かず)ことふくしまかずこの私的メモブログです。



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  • 04Aug
    • ネット画像盗用で作った作品を素人が売る昨今

      サマソニのB'zTシャツ。デザイン発表されましたね。自分ではもう、Tシャツはマジで売るほどあるから買わない(今年のライブTシャツも行ってないから買わない)けど。きっとネットでは正規品の高額転売やコピー品が出回るんだろうな。ネットショッピングでコピー品(模造品。パチモン)掴まされない保証はない。正規品以外は欲しくても買わないって、大人なら冷静になって欲しいなと思う、メルカリを見た夜。このTシャツは勿論まだ出品ないけど。B'zのオフィシャルサイトからの盗用画像コピーで、様々な2次制作物を売りさばく"自称素人の趣味の出品"が年々増大してることに懸念を覚えてます。素人の趣味なら、売りさばかんやろ…営利目的じゃん。やってる事は、模造品販売者そのものって事に、なぜ気づかないんかねぇ。しかも、「模造品防止のため、出品物の画像を勝手にSNSなどに貼らないでください」って…どの口がいうんだ?と、確信犯な輩も確実に増殖してる。当のメルカリは、何度も通報もして、質問も出してるけど、のらりくらりと、パトロールが追いつかない…で逃げてる。積極的な解決姿勢でないと感じる。こんな基本的な違法商売を逃し、違法販売者を増やし続けてたら、いずれ社会問題になると思うけどね。老婆心ながら、長期的に考えたら、規約違反野放し是正対策の方が、健全経営=信頼の為には先だと思うけどなぁ。なんにしろ、買う側がちゃんと判断力持てばいいんだから、法外な値段つけてたり、素人のコピー品には手を出さない様にするしかないですね。

  • 31Jul
    • カリンバを

      ネットで偶然見かけて音を聴き、衝動買いしたのがこちら。カリンバアフリカ?の方の楽器らしいです。親指ピアノと言われてますが、私は手で鳴らすオルゴールだと感じました。初心者だし、キィの配列もいわゆる鍵盤楽器や弦楽器と違って、左右に交互という変わり種。お高い物は使いこなせるか自信なかったので、お手頃価格を見つけて即ポチ。思ったより美しい生の音に満足です。お高いのもいいんでしょうが、現物を手にして、私には宝の持ち腐れになると確信‪wしたので(≧∇≦)音色からイメージしたのが、B'zの「いつかのメリークリスマス」。楽譜もないし、あってるのか分からないけど、とりあえずそれっぽい旋律を探して弾いてみました😅さて、この後私はちゃんとカリンバをオブジェ化することなく、楽器として使用できるかは誰にも分からない…💦チャレンジ!いつメリ

  • 22Jul
    • 選挙のお辞儀もレアになった令和

      昔も書いたけど、改めて今夜は新たな感想を残しておきます。ミレニアムと言われていた21世紀への過渡期には、「選挙で候補者が当選した時に、バンザイを(支援者と一緒になって)行うのは無知の証拠。自分は勝たせてもらったのだから、御礼として感謝のお辞儀をするのが本当の礼儀を知っている人。」と、当時のMCスクールで教わった事を選挙速報の中継の度に実感していたものです。実際、古参と言われる議員や、折り目正しい印象の人は、自分でバンザイをする事はまずなかった。能天気にバンザイしてるのは新人くらい。が。今夜は様相が違った。(たまたま見たのが終盤の注目どころのリレーだったからかもしれないが)某党首や、何回も当選している候補者に至るまで、少なくとも私が見たバンザイ場面が、100%候補者と後援者が一緒にバンザイしているじゃないの。当然、前回まではお辞儀をしていた古参までも!勿論、バンザイの後には深々と頭下げてるから問題なし。時代は変わったのね〜と実感した。そして、私もその姿を嫌なものとは感じなかった。むしろ自然に感じた。いいじゃん、候補者だってやり切ったんだし、後援者と区別しなくても。嬉しさは素直に表していいんでない?と。深々とお辞儀するのが良識的、なんて今や通用しない。パフォーマンスに見えてしまう悲しさ。逆に「選挙の時だけ頭下げてる」と本質を突かれずに、後援者と同じ目線で天真爛漫さを見せられる唯一の瞬間だもの。これから公僕としての激務があるのだし。令和元年からは、当選者のバンザイ解禁でいいのかもね。表面的な儀礼より、本質的な議員としての力量を発揮してください。願うのはその1点です。※後から、二.三人ほど、若者と中堅が、バンザイを控えて最初からお辞儀してるのも見ました。少数派になってくると、デキルな‪wと感じてしまいました(笑)

  • 16Jul
    • アナタの嫌いなものを好きな人が近くにいるかもよ?

      JTのCMで次のナレーションが流れた。「あなたの好きな物を嫌いな人がいるかもしれない」タバコを吸う時は周りへの(タバコ嫌いの人)配慮を促す内容でした。それを見て思ったのは「逆もありだな」という、天邪鬼な感想。「貴方が嫌いな物を好きな人がいるかもしれない」という事。もうかなり昔の出来事を思い出しました。好きな物の話は親しい間ではよくしますよね?他愛もなく。その中で、実は"自分は嫌いな物"の話になってしまうこともありませんか?こんな時は注意です。「私はちょっと苦手(てへ)」や「ごめん、俺には合わん(^^ゞ」なら問題なしだと思うのです。無理に話を合わせることはないし、遠慮なく正直に好みを伝える方がその後も気を遣わなくていいですし。ただ、必要以上に徹底的な否定(そんなもの好きだなんておかしくない?!くらいの勢い)は控えることを切にお願いします。蓼食う虫も好き好きっていうでしょ(・∀・)実体験でトラウマ級の思い出があるのです💧(その割にこの記事に書くまで忘れてたけど‪w)それは20年近く経っても思い出す、ある人の言動(正確には数回)。私が大ファンだった某アーティストの名前を出す度に「げっ!」「えー!最悪…」と、あからさまに顔をしかめ「嫌いアピール」のつぶやきをする男性が居ました。彼は当時のフリーランス仲間。言いたいことも言う友人でもありました。共に複数のプロジェクトに参加したり、助っ人を頼んだり頼まれたりで、互いに一目置いていました。互いの名誉のために明記しますが、異性としては全く意識したことも無い、仕事ピカイチの大切な仲間の1人でした。多分、彼には全く悪気は無かったでしょう。むしろ気を許して本音を漏らしたのかもしれません。が、私は内心不愉快でしたw彼に当該の曲を聴かせる気はサラサラないし、実際に曲もかけてないやろーが。キミに何か迷惑かけた?と。(そんな素振りも表情も出しませんでしたが)その男性、既に同業ではなくなったそうですが、当時はセラピストも目指していました(そりゃ向かないね‪💧今は元職で活躍していらっしゃるようでお慶び申し上げます)。自分の嫌いな物を無理強いさせられた時には、強く断って当然です。が。他人の好きな物を知った時、それが自分の嫌いなものであっても、積極的に"大嫌いアピール"をする必要はありません。聞かれた時に苦手といえば済むことです。私はその人を反面教師にしようと思いました。自分の苦手なもの、嫌いな物が複数人の会話の中で話題になった時には黙る‪w様子を見て、1人だけ完全アウェーなら話題が変わるまで待つ。または自分から変える。「あなたが嫌いなものを好きな人が、近くにいる」場合には、その人達の幸せな時を奪うような言動は取りたくないですね。

  • 14Jul
    • 必要?旧態依然のパーソナルカラーと骨格診断

      【少し真面目な記事】というのは、もう10数年思ってきたこと。個人の本音なのだけど、見ず知らずの現役のパーソナルカラーリストの方によっては、賛同できない方も多いと思うので…控えてきました💧思い切って言ってしまうと、これまでのパーソナルカラーや骨格診断やらイメージコンサルって、もうあんまり意味無くない?と感じてきたのが確信に変わっている事。元が合衆国の理論で、それを日本人にアレンジしたのが私たち世代に教えられたパーソナルカラーでした。平成前半までは確かに画期的だと思えた。化粧品の質も低く、殆どは黒髪。ヘアカラーも限られ、当然カラコンもなく。世の流行色やトレンドファッションに素直に流されていた時代。そんな時には指標となるパーソナルな提案は重宝されました。高額な診断料すらステイタス。けれど、現在は必要かな?「個であり多様性もある」相反する価値観。流行は作られている事実もほぼ周知。溢れる情報。余計なものは削ぎ落とすのが主流。人の目を気にしない世の中。むしろ突出したい若者たち。パーソナルカラー(調和)を知ることで余計なものは、ある意味削ぎ落とせますが、その恩恵は飽くまで「日本人離れした分かりやすいタイプに限られます」私はベース分けにはくくれないタイプ(ブルーもイエローも混在)だし、フォーシーズンで言うと2つから3つにまたがるタイプなので、結局何でも着こなし次第。得ではあるけど傾向を絞れないから難しい。そういうタイプ、日本人には案外多いです。自分で資格を持っているから混乱しませんが、正直、色彩論の基礎が出来てないと混乱すると思います。更に、骨格診断というタイプ分け。私は若い頃に言われた骨格タイプの洋服はもう似合いません。太っても骨格は変わらないからと言われていますが、疑問です。なぜなら骨格より表に出る肉感=ボディラインが先に目立つから。当たり前ですが、Theスクエア(ストレート)タイプの人がTheラウンドタイプの服を着たら違和感あります。逆も同様。しかし。これは標準体型に限る話です。もっと言えば、おしゃれ感度の高い、それなりに体型管理ができる意識高い系人の話です。体型には大きな悩みがない人と言い換えてもいい。本当に似合うラインを切実に知りたいのは、今や標準から離れた体型の悩みを持つ方が多いのでは?(私がそう)年齢を重ねて大きく体型が変わった人は、太っても痩せても、骨格より肉付きで判断すべきだと実感します。筋肉太り、皮下脂肪(下半身太り)、浮腫、内臓脂肪(りんご体型)か。部分的か、全身なのか。健康的に痩せたのか、病気でやつれたのか。日常生活の様式は?仕事は?趣味は?普段の装いは?etc。ストレートやラウンドとは違う観点でファッションアドバイス出来ないと、おかしなことになりそうです。中年になって、自分の体型が崩れて分かったこと。それは、タイプに当てはめるのでなく、当人が思う欠点をいかに減らし、見せたいイメージと現実をどう擦り合わせるか?に尽きます。(この考え方はイメージコンサル=ラインアナリシスの考え方そのものなので、変わりませんが)これから私が提供出来る事があるとすれば?ご本人がなりたい姿に違和感なく近づける。これに尽きます。ご本人のタイプ分けは重視しません(これが大きい)。なりたいイメージ、見せたい姿に近づける。これこそが、今必要とされるパーソナルカラー、イメージコンサルなのではないか?と思うのでした。

  • 12Jul
    • 季節と比例?日本の語彙力極端化

      前から引っかかってるのが日本人の語彙力急降下。大抵の形容は「大人」と「カワイイ」を付ければやり過ごせる。ただ、そういう文章やセリフ聞いて納得いくことはまずゼロだけど。美しい日本語が、失われつつある四季(既に亜熱帯亜寒帯になってる感じ)と比例するかのように、単純化、極端化されていくのがとても残念です。日本語の機微、メリハリだけでなくグラデーションを感じる表現などは、季節感が失われる時代だからこそ、残していきたいと思うこのごろです。

  • 21Jun
    • ファッションライターの語彙力

      ネットのいわゆる「ファッションコーデ記事」。もはやあらゆるサイトでそれなりのファッション業界関係者を名乗る方々が書いていらっしゃいます。ところが、これらの記事には共通した特徴がありまして。正直、読む価値が半減してると感じます。それはズバリ「記事の語彙力の乏しさ」が原因です。大抵の記事は、「カワイイ」「大人○○」で終わっています💧本当に可愛いのはいいとして(カワイイの中にも本来は、キュート、プリティ、コケティッシュ、ガーリィ、ロマンティック、ドーリィなどなど分類はありますが)、カッコイイ系でも、クール系、モダン系、スポーティ系、シャープ系など分かれますし。これまで目にした「大人カワイイ」にくくられた記事は、ナチュラル系、フェミニン系、エレガント系、アダルト系、モード系、マニッシュ系、ゴージャス系、シンプル系、シック系、サイケ系、エレガント系、デコラティブ系、オーセンティック系、クラシック系、コンサバ系etc…に至るまで、なんでもありの坩堝でした…💧他分、こういう声も多くなってきたからなのか、今度はムダに「大人」をつけた表現が増殖しています。「大人フェミニン」「大人カジュアル」「大人シンプル」「大人モダン」…💧上のは最近見た表現ですが、わざわざ大人を付けなくてもいい形容です。(大人アダルトとか、子供カワイイ。的な重複語です)丁度、話し言葉で言う、ら抜き言葉(必要な文字を省く)~さ付き言葉(余計な文字を入れる)の様な移行の仕方にも見えます。上記の「大人○○」は、大人ファッションの当たり前な表現であって、むしろ、冠詞を付けたいならば「子供」の方がしっくり来るように思います。この花を見て、あなたはどう感じますか?どう言葉にして伝えますか?「カワイイ」なら、どう可愛いのかを表現する力を養いましょう。ファッションライターの方は、ファッションボキャブラリーを、もっともっと身につけて頂きたいです。カワイイというなら、どんな可愛さなのか(愛らしい、清楚、キュート、お茶目などなど、自分なりの感性をもって伝えましょう。)カッコイイなら、スポーティなのかクールなのか、マニッシュなのか、モダンなのか、或いは…?シンプルでも、単にあっさりなのか、ナチュラルなのか、上品に計算された見せ方なのか、"どんな風に"シンプルなのか?フェミニンなら、何処がどう女性的なのか?etc.そこまでを語れてこその「記事」で「ライター」です。写真があって、「大人○○なコーデです」なんて紹介(?)文字は蛇足。(厳しいですが本音です)いっそ、タイトルだけ「○○にオススメです」として、画像のクリップのみの方が、その方の感性を前面に出せるのでは?と思う記事だらけ。語彙力は、付け焼き刃でどうにかなるものではありません。流行言葉でくくるだけの力技が通るのは最初だけ。勿体ないです。紹介経験とともに、ボキャブラリーのストックを増やして頂けるように願っています。

  • 30May
    • 被疑者の顔写真は必要なの?

      川崎の19人殺傷事件で被疑者死亡ながら、段々情報が明らかになってきた。そこで湧いた疑問がタイトルだ。どの報道番組もニュースも、(私が見ているものだけだが)容疑者の顔写真として、被疑者のI氏が中学生時代の画像を大々的に放映している。いくら本人が自殺して近影が入手困難としても…否、困難だからこそ、なぜ51歳のオジサンの説明を「これが犯人の顔です」って「中学時代の顔写真」を出さなきゃならないのか?私の身内は「あんなフツーの中学生なんて、似たような子がどこにでもいる。あんなにテレビで同じ写真出されて、もし、似てる子がからかわれたり虐められたらどうすんだ?」と、不満を口にしていた。たしかに。私も、51歳の男の説明になぜ、(確かに本人なのだろうけど)わざわざ無垢な時代の写真を引っ張り出して見せる必要があるのだろう?とても違和感を持った。見る度にそれは強くなっている。現役中学生なら、同級生同士で何の気なしに「お前、あの容疑者に似てねー?」とか言いそうだし。似てるってだけで容疑者のあだ名つけられたり。その場のおふざけで済めばいいけど、それでも、言われた方は気分が良くないだろう。また、私も容疑者に憤りはあっても、全く同情はしないが、罪を犯す何十年も前の(まだこんな時もあったのねと言うような)写真を持ち出されたことには釈然としない。んなもん見たくなかったわ、恐ろしいわ。というのもあるし、そこまでして過去を暴き晒されるのか。犯罪と無関係な親族はたまったもんじゃないなという気持ち。また、罪人ではあるが、容疑者の無垢だった時代まで蹂躙されている感じ。それらが、マスコミの思い上がりを感じさせる。何を報道すべきなのか?何を報道して欲しいのか?犯人の顔写真は、何十年前であれ、報道には絶対に必須なのか?もしも、写真がなかったらどうするのか?(罪もない中学生時代を晒すなら、いっそ報道された自殺直後のモザイク画像でいいじゃないか、と個人的には思う。その方がピンとくる)情報、報道の受け手、発信者、双方が声を出して伝え合ってもいいのでは?と思って記してみた。

    • 排他主義から共助にシフトする必要性

      某サイトを見ていて、同感の投稿。大人の男ばかりでは無い。女でも同じことだ。今の…と言うよりココ10年は、小学生以上の子供はマンション内でも挨拶しない。こちらから挨拶しても無視される方が多い。平成以後は子供に「知らない人には挨拶禁止。話しかけられても無視しなさい」と、「防護」の目的で教えているようだけど。逆効果になっている気がする。本当は、そういう「コミュニケーションの断絶」こそが犯罪の芽に繋がっていると感じて久しい。隣近所で、言葉を交わし合う顔見知りなら、自然に互助や共助が出来る(事実、出来ていた頃や地域もある)。面倒な事には"禁止や排除"(臭いものに蓋)で制限すれば良い…という安直思考は限界に来た気がする。人を見たら泥棒と思え、は、心を閉じた世界。疑心暗鬼にはキリがないのだ。負の感情でマイナススパイラル。むしろ"人類みな兄弟"的に、開けっぴろげのコロニーの方が、穏やかな中にも自然に監視の目も出来る。人との距離感も学べる。日本人お得意の「空気を読む」「察する」社会参加への1歩となる。事実、個人情報保護なんて観念が出来てからの方が緻密な知能犯が暗躍しているではないか。自己責任で情報共有していた、のどかな時代の方が人間らしい生活リズムを刻んでいたように感じる。「言っていい事と悪い事、やっていい事とまずい事」の加減も、経験則で身につけていた。何でもありの中、過不足なく「実体験」から失敗を経て子供は学ぶ。柔軟なアタマにはその力がある。今の過保護社会は子供の経験のチャンスを奪いまくっているように見える。個人的には、昭和の下町気質(または田舎の近所づきあい)が最も平和的だった気がする。今。老人が増える世の中だからこそ、都市部でも子供と老人が複数で顔見知りになって、地域コミュニティを引っ張って行くのが理想に思う。その際、大事なのは1対1でなく、少人数のグループ制をとる事が必須。開けっぴろげ=無防備ではダメ。数人単位でなら、互いに助け合いつつ見張り(抑制し)合うという力学となる。お題目ではない、本当の(チョットめんどくさい)共助の気持ちが、ベターな人間らしい関係を作るのでは無いだろうか?

  • 10May
    • 2個目は令和初wタンポポ綿毛ボール1個目は大きかったので、開いてからヘアスプレーをふん...

      View this post on Instagram 2個目は令和初‪wタンポポ綿毛ボール 1個目は大きかったので、開いてからヘアスプレーをふんわりかけてからミルクジャムの瓶に。 5月。暑くなって、もう咲いてないと思ったら、まだ開いてないつぼみに遭遇したので1つ摘んで来ました。 小さめなので、この電球瓶に開く前にin。2日で半球状に開いてました。 CAZさん(@caz.hinotori18)がシェアした投稿 - 2019年May月9日am9時12分PDT

  • 30Apr
    • 盆と正月が一緒に来たなう!

      平成大晦日、令和の正月、年またぎの郡上おどり=盆踊り。これがホントの盆と正月が一緒に来た状態(笑)まさかリアルに体験するとは(・∀・)しかも、めっちゃ日常(笑)そして

  • 26Apr
    • ニューマカン トークショー

      4月25日名古屋駅近くの結婚式場にて、ポルシェニューマカンの発表(トークショー)イベント。午後の暑い中、案内状には駅から徒歩5分とあったけど。とんな基準?徒歩10数分はかかったな。(笹島より向こう、入り組んだ路地。到着時は汗だく)入場して、お土産とウェルカムドリンクを先に渡され、発表会場へ。席に案内されると、小ぶりのハンバーガー(厳密にはローストビーフとトマトや野菜が挟まってた)&フライドポテトがおしぼりと共に供される。暫く待つと、トークショー。その後は実車に皆が集まり見本市の様相。リアのライトが一直線になってるのが特徴の一つ。トランクは、トークではゴルフバッグ3つ載せられるって言ってたけど、実際は、2つを交差させて精一杯。しかも、ドライバーは入ってない(笑)エンジンルームまだ、日本に入荷は夏まで待つことに変わりなしだそうです。夫のオマケに着いて行っただけの私。車のことは無知。ただただ、ブルーのウェルカムドリンク(ノンアルコール)が、かわいた喉にいい感じで。ほろ苦さと甘み(グレープフルーツ系かな?)で美味だったのが一番の印象でした(・∀・)※ナナちゃん人形はビアガーデン仕様でした(笑)#ポルシェマカン

    • 昨夜のフライング令和

      まだ平成が5日あるけど…。もう「平成最後のまんじゅう」は撤去したんかなー?昨夜のイ○ン、パン売り場の前にあったワゴン。まだ令和になってないけど…。あと6日待った方が…。と思ったのでした(・∀・)

  • 02Apr
    • れいせいになろう。

      昨日1日は新元号発表で、日本中湧きましたね。今日もまだ引きずってる報道が多いです。が!落ち着こう。冷静になろう。まだ改元はしてないですよ。5月からですよ。今はまだ平成です。残り少ない1ヶ月を切った元号をないがしろにしてる気がして…。むしろ、もっと平成について想いを馳せてもいいのでは?冷静に。令←成に。

  • 21Mar
    • もう先月の事だったんだなー。大阪の旧友が名古屋にお仕事で前乗り。午後に何年ぶりかで名駅で...

      View this post on Instagram もう先月の事だったんだなー。 大阪の旧友が名古屋にお仕事で前乗り。午後に何年ぶりかで名駅でお茶したのだけど。 その時に頂いた大阪みやけがツボ(笑)。 さすがCさん、私の志向を掴んでますな。(名誉のために言っときますが、彼女は本業スタイリストでファッショニスタ。単におもろいだけじゃない人) たこ焼き味じゃがりこの箱が(>∀<♡)ウケー!かきたねキッチンの大阪たこ焼き味の大きい柿の種、めちゃウマですね。 名古屋の限定味もあるみたいなので、機会を見つけてゲットしよう! そして写真にはないけど、ジャンボサイズの串カツプリッツもあります。これも楽しみです。 どこかにテーマとこだわりの見えるチョイスに、いつも脱帽。有難く頂いております。 CAZさん(@caz.hinotori18)がシェアした投稿 - 2019年Mar月20日am11時01分PDT

    • ふらっと寄ってみたKALDIに、なんだか親近感のある商品が…。「カズチー」って。最初は...

      View this post on Instagram ふらっと寄ってみたKALDIに、なんだか親近感のある商品が…。「カズチー」って。 最初は手前のプルーンに目がいって、その近くにあった「新商品」POPの「カズチー」ってなに?と。 数の子とチーズのおつまみが正体。 すぐ近くにまたホットミルクに入れるといちごミルクになる?ストロベリーマシュマロも色鮮やかで。春だねぇ〜。 予定外の衝動買いでしたが、たまにはいいやーん(●´ω`●) CAZさん(@caz.hinotori18)がシェアした投稿 - 2019年Mar月20日am10時11分PDT

  • 17Jan
    • デジタル化は便利だと本気で思ってる?

      衣食住全ての業種で、クーポンがスマホアプリに移行している。どの店でもクーポンと言えばスマホの操作をして何回かの手順を踏み、通信状態が悪いと何分か割くことにもなる。実際、書店やユニクロでこの操作を完了するのに、通信状態が悪くて5分以上かかることも何度もあった。私は人がいない時間に利用しているから店員氏もゆとりで操作出来たけど、スーパーの場合、混雑時には「もういいです」と、諦めることもあった。(それが手かもしれぬが笑)やっと対象のバーコードが提示されても、店の読み取り機が不調で読み取れないことも多い。スマホ一つに全ての利用業種のポイントカードが収まれば便利!と言うのは錯覚だよ。(ブルーオーシャンのうちなら言えたかもしれないが、今やどこもみんなアプリに切り替えてきてる。もう赤潮か芋洗い状態😅)荷物もってる手で、並ぶ前にスマホを取り出し、アプリのアイコンを探して開いて…という余計な手間が増えた。しかもアプリのインストール自体を忘れていればそれっきり。会計時には上のような不具合もあり。レジ精算が終わる前の一仕事をしなければならない。バッテリーやスマホ画面の明るさ、WiFiが全て整わないと、精算すら難しい。これならアナログのスタンプカードを、財布からサッと出すだけのワンステップ処理の方がよほどスマートだったよねぇ。サービスを全てアプリに変えるのは不便この上ないと思う。これからはむしろ、昔ながらの財布に入るカード式クーポンにバーコードをつけてくれる方が有難い。店も客も余計な時間と手間や気遣いの心配がぐっと減る。新しいものも使い所やタイミングを想像しないと、かえって不便になるのだなと思うこの頃。

  • 29Dec
    • 平成最後の年末、今年を振り返ろう!~B'z30周年で卒業かな~

      B'z30周年だったにも関わらず、ファン歴20年で唯一、B'zのLIVEは勿論、記念イベントに、何一つ参加しなかった珍しい1年だった。体調不良が第一の理由で、ドクターストップもあったからだけど。果たしてドクターストップがなかったら全てのイベントに参加していたか?となると、 そこまでの情熱はなかったと思う。やはり、地上波に全く露出しないアーティストは、いくら良い作品を創り、世界的に認められたとはいえ、ファンの気持ちを繋ぎ止めることは難しい。心理学を持ち出すまでもなく、「目につかなかったら意識にも上らない」からね。忘れられる。居ないことになる。現にファン以外は「まだ居たの?」の声が多い。本人達はLIVEに何度も来て、大量にお金を落としてくれる人(かつての私もヲタだった)だけがファンという感覚なのかもしれないけど。LIVEに行けないファンの方が圧倒的に多いことや、地道にCD購入してくれるファンを忘れているんじゃないかと感じ始めた。その人たちにこそ支えられているという当たり前を、よもや忘れたとは思いたくはないが。ファンに対しての思いやりを感じられなくなってきたのは、徹底した地上波拒否=芸術家としての自己満足にも現れていると思う。ファンの気持ちより自らの価値観の方を優先する彼ら。それを責める気はない。が、ファンが離れることも承知して欲しい。そういう風に仕向けているのは他ならぬB'zなのだから。彼らはもはや、芸能人ではなく、アジアで偉業を果たした芸術家、職人を自負しているのだろう。だとすれば、私は軽々しくファンと名乗るのはおこがましい。もっと気楽に楽しめるジャンルを探したい。平成と共に生まれ、30周年の山を越えたB'z。お疲れ様。新たな時代には、私はおそらくB'zにそれほどの魅力は感じ続けられないと直感した1年でもあった。さて、来年からの私は何に情熱を燃やすことが出来るのだろうか?今の私は、これまでの価値観から少し離れるターニングポイントに来た気がしている。趣味も娯楽も生活も、志向性が変化していると感じていて。ようやくミドルらしい、地に足をつけた見方、考え方が出来るようになって来た様に思う。大人としてはまだまだ修行が足りん!というレベルですが。来年は生活の修正から、徐々に社会復帰を目指そうと思っています。平成最後の年末、今年を振り返ろう!みんなの回答を見るあなたも質問に答える

    • 辛口・平成総括

      年末なので、あえて毒吐きます。平成は、確かにテクノロジー"だけ"は前進しました。では、ヒトの"マインド"はどうか?確実に脆弱化しました。しかも、それは心の過保護という洗脳結果です。譲り合いや思いやりが日常から激減し、自己中心者だらけの日常が当たり前になりました。「癒し」という言葉が生まれたのがその際たる証拠。心の自浄作用が働かなくなった我々に、タダだった「癒し」をお金で買う必要が生まれたワケです。次には、この弱体化の反省をせず、正当化の波が押し寄せました。自己中心主義の席巻です。忍耐や節制は、愚行または特殊な分野だけで必要なものと位置づけられ、楽しめてナンボ!楽しめなきゃダメという価値観に。反動で、楽しめない個人の過剰な防衛反応だけは発達。他罰的で、反省も我慢もしなくていいという風潮。老若男女、自分に甘く他者に厳しく。この国には"多様性"という名の枝葉だけが繁り、幹は朽ちていく。「我慢しなくていい」「頑張らなくていい」「やりたいことだけすればいい」「嫌なことからは逃げろ」という、過保護な絵空事を唱えるのは、そろそろやめた方がいい。そもそも、今の平和な日常で、戦争体験を上回る我慢や頑張りや抑圧を経験した者がどれほどいると?なんの苦労もしていない者ほど、過保護礼賛である。そんなのは「根性論」を持ち出す以前の、「自分勝手」「無責任」「刹那主義」にほかならない。ちょっとした事で簡単にハラスメントと騒ぐのも、新たなハラスメントを増やしてはいないだろうか?口で言えば済むことなのに言わず、断絶を選ぶのは事なかれ主義のなせる技。ゆるーく、ぬるーく、でも毎日ラクを求め貪るという世相に長くいると、ラクの感覚も衰える。少欲知足の逆で、多欲不足の日常。人間の全機能は退化、麻痺する。そして無意識に圧縮された負の感情が暴発、誤爆する。人間には、最低限のメリハリは必須なのだ。緩急も、ハレとケも、必要だからそういう概念があるんだと思う。今の日本はハレとハレ。但し大きなハレはなくなり、各自等身大のハレの自転車操業状態。そりゃメリハリなくてハレた気はしないわなぁ。平成の世は、ぬるま湯だった。その中にずっと浸かっている我々。次の世では、ゆでガエルにならぬよう、本当の意味でグローバル脳を育てよう。忍耐も努力も思いやりも、当たり前に必要なこと(立派でも特殊でもない)だと思い出そう。自己の感情全て…喜怒哀楽とその落差を、一から飼い慣らす訓練が必要だ。隣国や同盟国に更に貶められ、利用されるパーツ国に成り果てる直前だと気付こう。★この文が長いと感じた人は、どっぷり現代人なのでお気をつけて。