今日また一人、天に向かった・・・。
今日は、昨日いきなり、私の先生というかなんというか、兄が死んだときから独立して、間もないころなど
飲食のいろは、そして、よく面倒を見てくれた先輩が、急きょお亡くなりになったと連絡が来て
動揺しながらも、朝一の新幹線で、大阪に向かい、お葬式に参列した。
享年41歳
若すぎる。
この方の名は、Sさん。
大阪体育大学の名門ラグビー部で、レギュラーとして活躍し、そしてこの外食業界に来られた。
そして、34歳でこの世を去った私の兄が、上場させるために入社した、今は倒産してないけど㈱ちゃんとの元社員さんだった。
だから、Sさんとの出会いは、兄の死がきっかけということになり、兄とももちろん一緒に働いて下さっていたわけだ。
このころ、広尾の名店、ぼちぼちというお好み焼きが開店したのだが、兄が死んだ翌年ぐらいかな~、その店を立ち上げた
その人だ。
独立したての私は、勉強もかねて、そして、亡き兄の話を聞きたく、よく通った。(今もいってるが)
このとき、私は、とにかくさみしくて悲しくて、兄と親しかった方、よく接して下さった方のそばにいることで、兄の幻影みたいなものを追っていた。
そんとき、兄が死んで間もない、心の弱った私に、いつも
「おまえ、がんばれや、兄貴、みとんぞ、いつまでないとんねん」と本当に心から応援してくれた。
そして、肩を落とした私の両親と行った時も、本当に本当によくしてもらって・・・。
何度となく、閉店した後、一緒に飲んでくれたり・・・。
何度、目の前で泣いたことだろう・・・・。
お葬式の間、そんな、忘れもしない想いでが走馬灯のように駆け巡った。
それだけ、口は悪いが、心温かい先輩だった。
まるで、体育会の同じクラブの先輩のように。
しかし、若すぎる。闘病生活約1年半・・・。
こんなに早く、この先輩を見送ることになるとは・・・。
お葬式に参列している、ご両親を見ていると、もういたたまれなくて・・・。
まともにみれないよ。
自分の両親もそうだったように、地獄の悲しみだろうから。
・・・。
自分が38歳、亡き兄よりは4歳も生きれた。
この世に生れて生が受けて、五体満足で生活できること
本当に感謝しなければいけない。
「Sさん、本当にありがとうございました。天で、ゆっくりして下さい。そして先にいっている兄のこと
また宜しくお願いいたします。」
心よりご冥福申し上げます。