見ないところでどれだけ仕事の意味
昨日、自分の借りたDVDを返しに自分の直営店の近くを車で通ると、休みであるはずが、電気がついている。
もう午前様の時間。
中をのぞくと社員が仕事をしている。
前の会社の時もそうだが、仕事というものに対しての姿勢というか心構え・生き方が見えるときはこの時であり、人を動かしたり、大きな成功のもとには、必ずこういったことが必要というか、自然となるように感じる。
「この仕事は俺がやってん」とかアピールするレベルの仕事は、おそらくそのレベルなんだと思う。
もともと仕事は、自分自身の夢につながることをするべきだし、そうであるとすれば、他人の評価などどうでもよく
自分が夢・目標を達成するために、いかに日々精進するべきもの、もしくは自然とそうなると私は思う。
こんな人たちが会社にいることは、本当に誇らしい。休みをほしがるどんな大企業の会社員より。私もそうだが、
仕事は金をもうける手段と考えた瞬間、あかん。そら金はほしいけど、男に限っていうなれば、男の生きざまの
後に、金がついてくる。またそうであってほしい。
世襲制の多いこの世では、親の残した財産やもろもろで、金自体の価値観が私から見れば少々おかしい。
こんなご時世ではあるが、こんな時こそ、必ずチャンスがある。みんながいけると思うときは、さほどもうからずさほど、面白いことも偉業も成し遂げることはできないだろう。
一度自己破産したり、一から会社を立ち上げた人など、このあたりを、苦境ととらえず、そして耐える力を持ち、また、ポジティブに物事をとらえることができる。
夜中、もうほとんど人がいない、ネオン街に、そっとともる、光。
それが、やけに私の胸を熱くさせ、そして、感動し、帰路につく。さすがに、エッチビデオも借りず、「フィラデルフィア」と「ブレイブハート」を借りる。
今日の星空は、空気がとても澄んでいて、オリオン座がきれいだった。ベテルギウスは本当に赤く、リゲルは本当に青い。シンプルだ。