大学の「キャリア形成」の授業にて・・・
ある男子学生は、自身の強みについて
「自己主張が出来る点」を猛プッシュ!!
又話のいたるところに「自信」という言葉を乱用!
元来、自分をPRする事が不得手な傾向にある日本人
また、「協調」こそが美徳とされる文化で育つ中
彼の様なタイプは珍しいかも・・・?
そう思いきや、よくよく観察してみると
「自信」という言葉を連呼する割には、
目が泳いでいる?もじもじしている?
そして何より 「自信」を裏付けるエピソードも乏しく・・・?
なるほど・・・そういう事か・・・・(笑)
後に半ば冗談めかしで・・・
「○○君は、自信がある様に見られたい普通の男の子だよね?」
と言うと あっさり
「そ、そうなんです・・・・」と一言
何だか微笑ましいですよね(笑)
彼の姿に、私はかつての自分を重ねていました
「自信」
これは時に、本当に厄介なものです
すぐにでも手に入れたい!!
出来ればずっと持っていたいもの
かと言って、どうやって手に入れたらいいのか、
はたまたどこで手に入れたらいいのかも 定かではない
又やっとの想いで手に入れたと思ったら、
突然するりと零れ落ちる事も・・・
思えば私もずっと、
この「自信」とやらを 追い求めてきた一人かも知れません
かつて専門学校のエアラインコースで、
新人講師として働き始めた頃
私にとって全ての基準はいつもこれでした
「自信がある様に見えるかどうか」
講師の仕事は、目の前にいる「学生」だけがその対象ではありません
「父兄」の存在あってこそ
この発想が当時の私には完全に抜け落ちていました
そこで重要なキーワードとなるのは・・・
「信頼」 「安心感」
そして・・・「自信」
当時の私は仕事で着る服も全て
「自分が着たいもの」ではなく
「自信がある様に見えるもの」という基準で選んでいた様に思います
そして、そこに「本当の自分」はいませんでした
そんなある日、ある学生と激しい口論になりました
内容は今となっては忘れてしまいましたが
恐らく約束を守らなかった学生に対して
私はかなり強い言葉と表現で叱責していた様に思います
すると私が自分の席に戻るや否や、
ベテランの男性の先生が ポツリと一言、こんな事をおっしゃいました
「自信のない先生ほど、生徒をよく叱るんだよな~」
哀しいかな、そのあまりに的確なご指摘に
私は情けなさでいたたまれなくなりました
自分の若さや経験の無さを まるで力ずくで
「説得 に変えようとしている
その姿は無様で空回りでみじめで・・・
周囲を見渡すと、人生経験を重ねた年配の先生ほど
生徒を叱る事なく、言葉で、態度で、背中で 彼らに
「大切な何か」 を伝えられていた様に思います
あれから15年の年月が流れ、
私は今、自身でエアランスクールを運営しています
先日、専門学校時代の同僚に再会した時
彼女から思いもよらない言葉を頂きました
「今の伊藤先生、自信に満ち溢れている様に見えるよ!!」
あんなに追い求めていた「自信」は
迷い、悩み、苦しみながら積み重ねる日々の中で
少しずつ、ほんの少しずつ、私の中で芽生えていたのだ、と
そして何よりそれを苦楽を共にした同僚が伝えてくれた事に
嬉しさを隠しきれませんでした
自信とは「語るもの」ではなく
「醸し出すもの」だとするならば
そこに辿り着くまでの長い長い道のりを
生徒さんには諦めず、ゆっくりと自分のペースで
歩いて行って欲しいと思っています
そしてこれからの私も・・・☆
クラウドンナインHP