今日は大きく、2つのステージに分けて、
皆さんにお話をさせて頂きたいと思います
まず1つ目のステージは・・・
私のプール学院中学・高校時代
どの様にして、自分の目指す方向性を決めていったのか?
そして2つ目のステージは・・・
カナダ留学を経て、航空会社キャビンアテンダント、
そして専門学校の講師を経て
自身の学校「クラウドナイン エアラインスクール」を設立するまで
です
~私はずっと、自分が負け犬だって思っていた
でも今は違う!! 私は歌が歌える!!~
皆さんはこの言葉を聞いて、どんな風に、感じられますでしょうか?
これは私が尊敬するアメリカのミュージシャン、
シンディローパーさんの言葉です。
私は中学1年生の時に、彼女のこの発言を聞いて、衝撃を受けました!!
何故なら、私も彼女と同様に、自分を「負け犬」だと思い続け
彼女にとっての「歌」、つまり
「自分にしか出来ない事」を探し続けていたからなんです。
小学生の私にとって、プール学院は、憧れの学校でした。
でもあくまで憧れは憧れ!!
到底私の学力では、手が届きませんでした。
当時の私は、偏差値が30台。
それを何とか、合格圏内に持っていくまで、
寝る間も惜しんで勉強しました。
小学6年生の頃の私は、
平均睡眠時間が、3時間程度しかありませんでした。
ところが入学してみると、周りのクラスメイトは凄い人ばかり!
みんな私とは、全くレベルが違っていました
そんな中、私はこれまで頑張りすぎていたせいもあってか、
燃え尽き症候群になり、
又正直なところ、当時の担任の先生と
考え方が全く合わなかったという事もあり、
「勉強はしない!」
「大人の言いなりには絶対ならない!」
そう反抗することが、あたかも自己表現の様になり、
坂道を転げ落ちる様に
変わっていく自分を感じていました。
そんな中、私の運命を変える、ある大きな出来事がありました。
中学生の私は、洋楽が大好きで
海外のアーティストのライブに、よく出掛けていたのですが、
そこで、神戸のインターナショナルスクールに通う
ハーフの友人達と知り合ったのです。
彼女達の学校の、スクールフェスティバル(文化祭)に呼んで頂いた時の事です。
そこでは、国籍・年齢・性別関係なく
皆が「英語」という一つのコミュニケーションツールを使って、繋がり合っていて、
又、皆それぞれ、思い思いの服装で、
自分自身を自由に表現していました。
「私が求めていたのはこれだ!」
「この世界だ!!」と
衝撃が走ったのを覚えています!!
思い立ったら即行動!!の私は、
早速、高校からその学校に編入しようと決めました。
しかし、当時のインターナショナルスクールでは、
日本の高校を卒業したとみなされず
日本の大学へ進学する事はできませんでした。
そこで、家族や学校からの猛反対を受け、
あっけなく、その夢は消えていきました。
その時の私はまだ子供で、反対されたことにむきになり、ふてくされ
又、周囲の大人達を説得できる、根拠も、ボキャブラリーも乏しく、
自分の唯一の夢が消えてから、今度は一気に無気力になっていきました。
その一方で、大変矛盾しているんですが、
私は冒頭で述べた様な
「自分にしか出来ない事」
を心の奥底で探し続けていました。
当時私はプール学院の図書館にあった
「なるにはブック」
という本を読み漁っていました。
皆さん、「なるにはブック」ってご存知でしょうか?
「看護師になるには?」
「美容師になるには?」といった
その職業に就くためのノウハウが書かれた本です
そういった本を読み続けながら、
「自分が生まれて来た事にはきっと意味がある!!」
「自分にしか歩めない道がきっとある!!」
そう心の中で想い続けていました。
又中学生ながら、大人の方に混じって、
「留学フェア」等に出掛けては
いつか海外で生活する自分を夢見ていました。
その後、近畿大学に進学し、
いよいよ、本格的に進路を考える時期になった時、
私の中でより自分らしい進路として
2つの選択肢が浮かびました。
1つは「マスコミ業界」
そしてもう1つが「エアライン業界」です。
このどちらの業界も、ある意味、特殊な勉強が必要なため、
私は大学と並行して、専門学校へ進学する事を決めました。
初めて訪れたエアラインスクールのオープンキャンパスで、
「世の中にはこんな勉強があるんだ!」
と私は驚きを隠しきれませんでした。
これまで勉強と言えば、国語・数学・理科・社会という、
いわゆる机上の勉強であったのに対し、
そこで学ぶ事はいわば
一人の女性として輝くためのレッスンとでもいいましょうか?
自己表現・マナー、おもてなし 等
「感性」を磨くことに重点をおいた、
カリキュラムに感動したのを覚えています。
何よりそこで教えられていた、
元キャビンアテンダントの先生の姿に、魅了されました。
キャリアを積んだ洗練された大人の女性 、
国際感覚と日本人らしさを併せ持つ、
私が目指す理想の女性像がそこにあったのです!
私の心は決まりました!!
「将来は絶対CAになり、専門学校で講師をした後、
自分のエアラインスクールを立ち上げよう!!」と。
19才の冬の事でした。
皆さんにお話をさせて頂きたいと思います
まず1つ目のステージは・・・
私のプール学院中学・高校時代
どの様にして、自分の目指す方向性を決めていったのか?
そして2つ目のステージは・・・
カナダ留学を経て、航空会社キャビンアテンダント、
そして専門学校の講師を経て
自身の学校「クラウドナイン エアラインスクール」を設立するまで
です
~私はずっと、自分が負け犬だって思っていた
でも今は違う!! 私は歌が歌える!!~
皆さんはこの言葉を聞いて、どんな風に、感じられますでしょうか?
これは私が尊敬するアメリカのミュージシャン、
シンディローパーさんの言葉です。
私は中学1年生の時に、彼女のこの発言を聞いて、衝撃を受けました!!
何故なら、私も彼女と同様に、自分を「負け犬」だと思い続け
彼女にとっての「歌」、つまり
「自分にしか出来ない事」を探し続けていたからなんです。
小学生の私にとって、プール学院は、憧れの学校でした。
でもあくまで憧れは憧れ!!
到底私の学力では、手が届きませんでした。
当時の私は、偏差値が30台。
それを何とか、合格圏内に持っていくまで、
寝る間も惜しんで勉強しました。
小学6年生の頃の私は、
平均睡眠時間が、3時間程度しかありませんでした。
ところが入学してみると、周りのクラスメイトは凄い人ばかり!
みんな私とは、全くレベルが違っていました
そんな中、私はこれまで頑張りすぎていたせいもあってか、
燃え尽き症候群になり、
又正直なところ、当時の担任の先生と
考え方が全く合わなかったという事もあり、
「勉強はしない!」
「大人の言いなりには絶対ならない!」
そう反抗することが、あたかも自己表現の様になり、
坂道を転げ落ちる様に
変わっていく自分を感じていました。
そんな中、私の運命を変える、ある大きな出来事がありました。
中学生の私は、洋楽が大好きで
海外のアーティストのライブに、よく出掛けていたのですが、
そこで、神戸のインターナショナルスクールに通う
ハーフの友人達と知り合ったのです。
彼女達の学校の、スクールフェスティバル(文化祭)に呼んで頂いた時の事です。
そこでは、国籍・年齢・性別関係なく
皆が「英語」という一つのコミュニケーションツールを使って、繋がり合っていて、
又、皆それぞれ、思い思いの服装で、
自分自身を自由に表現していました。
「私が求めていたのはこれだ!」
「この世界だ!!」と
衝撃が走ったのを覚えています!!
思い立ったら即行動!!の私は、
早速、高校からその学校に編入しようと決めました。
しかし、当時のインターナショナルスクールでは、
日本の高校を卒業したとみなされず
日本の大学へ進学する事はできませんでした。
そこで、家族や学校からの猛反対を受け、
あっけなく、その夢は消えていきました。
その時の私はまだ子供で、反対されたことにむきになり、ふてくされ
又、周囲の大人達を説得できる、根拠も、ボキャブラリーも乏しく、
自分の唯一の夢が消えてから、今度は一気に無気力になっていきました。
その一方で、大変矛盾しているんですが、
私は冒頭で述べた様な
「自分にしか出来ない事」
を心の奥底で探し続けていました。
当時私はプール学院の図書館にあった
「なるにはブック」
という本を読み漁っていました。
皆さん、「なるにはブック」ってご存知でしょうか?
「看護師になるには?」
「美容師になるには?」といった
その職業に就くためのノウハウが書かれた本です
そういった本を読み続けながら、
「自分が生まれて来た事にはきっと意味がある!!」
「自分にしか歩めない道がきっとある!!」
そう心の中で想い続けていました。
又中学生ながら、大人の方に混じって、
「留学フェア」等に出掛けては
いつか海外で生活する自分を夢見ていました。
その後、近畿大学に進学し、
いよいよ、本格的に進路を考える時期になった時、
私の中でより自分らしい進路として
2つの選択肢が浮かびました。
1つは「マスコミ業界」
そしてもう1つが「エアライン業界」です。
このどちらの業界も、ある意味、特殊な勉強が必要なため、
私は大学と並行して、専門学校へ進学する事を決めました。
初めて訪れたエアラインスクールのオープンキャンパスで、
「世の中にはこんな勉強があるんだ!」
と私は驚きを隠しきれませんでした。
これまで勉強と言えば、国語・数学・理科・社会という、
いわゆる机上の勉強であったのに対し、
そこで学ぶ事はいわば
一人の女性として輝くためのレッスンとでもいいましょうか?
自己表現・マナー、おもてなし 等
「感性」を磨くことに重点をおいた、
カリキュラムに感動したのを覚えています。
何よりそこで教えられていた、
元キャビンアテンダントの先生の姿に、魅了されました。
キャリアを積んだ洗練された大人の女性 、
国際感覚と日本人らしさを併せ持つ、
私が目指す理想の女性像がそこにあったのです!
私の心は決まりました!!
「将来は絶対CAになり、専門学校で講師をした後、
自分のエアラインスクールを立ち上げよう!!」と。
19才の冬の事でした。