最近、大学だけでなく、高校でも
「キャリアデザイン講演」が行われているとか・・・


大学進学者の多い高校では、進路指導は盛んでも
将来の生き方・働き方について
考え・選択・決定することを先送りする傾向が強く、
進路意識や目的意識が希薄なまま
進学している学生が少なくないとの事



かくいう私も、中学・高校時代、自身の進路を模索していたうちの
一人でした


そして、そんな自身のこれまでの歩みに想いを馳せるにあたり
必ず私の脳裏によぎる、ある女性の姿があります


それは・・・
中学時代、私の家庭教師をして下さった先生です


小学時代、猛勉強して、私はかねてから目標としていた
憧れの進学校に入学しました


しかし、入学して間もなく私は、そこにいる自分に
大きな違和感を覚えました


「あなた達jは、選び抜かれた粒ぞろい!!」


そんな言葉が平気で教師の口から飛び交う日常を
私はただ茫然と、1歩ひいた場所から見ていました


今ある現実だけが、栄光が、永遠だとは思えない
ましてや、点数や順位、偏差値といった数字だけが未来を創るはずもない


1歩引いていたうちは、まだ良かったものの
やがて私は周囲の大人達を
完全に信用しなくなり、自分の中にあった憧れや夢に
自ら幕を降ろし始めました



そんな私を見兼ねて、母が探してきた家庭教師
それが、先生との出逢いでした


彼女は当時、大学生で、出身中学と高校は私と同じ
少しでも私に近い存在である様にと(今思うと母が必死で探してきてくれた)
家庭教師だったのです


彼女と私の光景でまず最初に思い出すこと


それは・・・


「傾聴」


とにかく、私の話を熱心に聞いて下さいました


それが例え子供じみた、偏った考えだったとしても
最後までゆっくりと、じっくりと・・・


私の話を途中で遮ったり、
否定することなど一度もありませんでした


そしてどんな時でも、私の中に眠る「可能性」に
焦点を当てて下さいました


「千暁さんは、英語が上手いね それを活かしたらどうかな?」


「それには、こんな大学のこんな学部があるよ!」


「その為には、こういう勉強をするともっと楽しいよ!!」

否定されることに完全に慣れ切っていた私は
そんなプラスな言葉を浴びる度、自分の未来にほんの一瞬でも
期待が持てたものです


また彼女はいつも中学生の私を
「千暁ちゃん」で
はなく「千暁さん」と呼んで下さいました

どこか大人の女性として、扱ってもらえている気がして
そしてその根底には、どんな人に対しても(例えそれが子供であっても)
人としての尊重や敬意を忘れない、先生の姿勢が感じられ
私は嬉しさと同時に尊敬の念を抱かずにはいられませんでした



キャリアデザインとは、過去と現在、未来を見つめる時間軸を捉え
自分らしい生き方を送る将来設計をすること


入学することが、就職することがゴールという時代はとっくに終わりました

その先に続く長い時間を感じることで、自分らしさを活かし
広い視野を持ち、いかに選択肢を多くしていくのか・・・


道は決してひとつではない
今ある自分がすべてではない


多くの可能性を、数限りない夢を、
私はこれからも愛する生徒さんたちに
示していきたい


あの時先生が、私にして下さったように・・・


一人ひとりにある「光」に気づきを与えられる様に
自身の感性を常に研ぎ澄まして、その一つひとつを決して
見逃すことのないように・・・


「千暁さんは大人になったら、きっと美人になるよ」


そんな何気ない一言が、
自信のない私に力を与えてくれた様に・・・

クラウドナインHP