私は今で言う「お受験」というものを小学生の頃に経験した
今でこそ「中学受験」など珍しくも何ともないが、私が地元の公立中学へ進学しない事は、ちょっとした話題にあがるほど、その当時、世間ではまだまだ未知の世界?だった様だ

未知の世界・・・そうこの手の類は私にとって今も昔も変わらず大好物!!(笑)
心のどこかで人が知らない事、やっていない事に自ら率先して挑戦するのが子供の頃から大好きだったのだ

数ある学校の中から私は当時関西で最も難関と言われる学校を選んだ・・・それも勝手に(笑)
自分の偏差値等全く無視して、あくまで自分が行きたい学校を第一志望とした

とはいえ、それを達成するのは至難の業 
その学校に入学するには、当時塾で一番上のクラス、かつその中でも上位でなければとてもじゃないが太刀打ち出来るレベルではなかったのだ
そんな中私は下から2番目のクラス・・・・涙

先生方はいつも私を見てこうおっしゃった「夢を持つ事は大事だよ・・・でもね・・・・」

そんな事を頭に思い浮かべながら、その後の私は又、エアラインスクールでも同じ様なシーンに出くわした事を思い出す

「CAになった後、必ず専門学校の先生になります!!そしてその後自分でエアラインスクールを立ち上げて・・・・!!!」

「伊藤さん、夢を持つのはいい事ですよ でもね・・・まずCAにならないと。 貴女まだCAにすらなれていませんよね?」

全く私はどこまで行っても成長がない(笑)

その塾で私が学んだ事は勉強以外にも数えきれない程ある

中でもその後の私に大きな影響をもたらせた事・・・
それは、「出欠の際の返事の仕方」と「唱和」だ

受験もいよいよ近づいて来たある日、先生は返事を通常の「はい」から「志望校」に変えようとおっしゃった
「伊藤さん」と言われて「はい」ではなく「○○学院!!」こう答える
初めはどこか照れくさく、皆声も小さく乗り気ではなかったが、慣れるに従ってそれが当たり前になってくる 
人前で自分の志望校を大声で言う それは自分の夢を周囲にも自身にもいやがおうでも知らしめる事になる

「なりたい自分像」「目指す道」を公言する事で、良くも悪くも自分で自分の首を絞め、有言実行せざるおえない状況に持って行く、私がその後数々の夢を実現出来た事は、この塾での教えが大きい

次に「唱和」
授業が始まる前、私達は先生の後に続いてこう唱えた
「親に感謝し、この授業を頑張りぬきます!!」
親に感謝し・・・? 当時の私は深い意味もわからぬまま、ただ必死でそう唱えた
しかし、今になってこの言葉の意味がどれほど大きいかがわかる
経済面は勿論の事、何より勉強する環境を作ってくれたのは他でもない親であるという事
社会人になり辛い局面を迎える事も多々ある中で、くじけそうな時私はいつもこう思う
学歴も職歴も全ては両親によって与えられたもの その尊さに今改めて感謝すべきだ、と

受験も差し迫ったある日私と母は面談室にいた
最終進路を決める為の重要な面談 この場に及んで未だ合格圏外の判定だった私は志望校を変更させられる事を恐れ学校を休んで面談に同席したのだ

「もし落ちたら公立中学だよ それでも本当にいいのね?」と母

「大丈夫!絶対に受かるから!」と私


「小学生の頃のあなたはとっても素敵な女の子で目を輝かせながら、私絶対プール学院に行くの!と言っていたね」
先日同窓会で再会した友人からこんなメールを頂いた

「絶対プール学院に行くの!」かぁ・・・・何だか笑ってしまった

昔から「断言」が好きだった私
しかしこの「断言」こそが、自分への固い誓いであり、その誓いを守る為に積み重ねた努力で、私は見事憧れの制服に身を包む事が出来た

今日も又、多くの生徒さんから似た様な質問を受ける

「私は本当にCA/GSになれるんでしょうか?」
「もう諦めた方がいいと思いますか?」
「英語が出来ないので、やっぱり無理ですよね?」

そんな中私の想いはただ一つ

「答えは自分の中にしかない そしてそれを実現できるのも又自分でしかないのだ」と


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