「先生から見て私はCAになれる可能性があると思いますか?」

先日個別カウンセリングで不安そうに私にそう問う女性がいた
これで何度目だろう・・・私は過去の記憶をたぐり寄せる
そしてこの問いに心悩ますのは決まって既卒のれっきとした社会人の女性ばかりというから驚きを隠せない

私は長年に渡り専門学校で講師をしてきた
就職難の今でこそ、学生の経歴もまた様々だが、基本は高校を卒業したばかりの人が大半を占めるのが学校の特徴ともいえる

ここで私はまた考える
過去に(専門学校において)私に同じ質問をして来た学生が果たしてどれくらいいただろうか、と

「CAになれる可能性があると思いますか?」はおろか、「私がCAになったら~♪」という夢見がちな仮定法が至るところに散らばり、「もっとしっかりと現実を見て努力するように!」むしろ私はそんな風に彼女たちを叱咤激励するのに必死だった様な気がする

この歴然たる差とは一体・・・?

ここではそれを「無知の強さ(新卒)」と「恐怖を知った者の再チャレンジ(既卒)」そう定義付けてみることにする

自分をもう一度一から鍛え直す為、又誇れる自分に出逢う為、カナダへと旅立った私は、現地のCollegeに入学した

しかしそこでの毎日は想像をはるかに超えた過酷な日々だった
Canadianが5分で読める教科書も私には何時間もの時間が必要で、山の様に出される宿題やレポートで睡眠時間はほぼないに等しい、そんな毎日の連続だった

もちろん第一志望は外資系のCAだったが、一度異国の地に足を踏み入れたからには現地での勝負も視野に入れており、私はアジア人の就職先として比較的需要の高いTravel Industryを目指しTourisumを専攻していた

ただがむしゃらに日々を過ごす中で、ある日一人の友人にこう言われた
「Chiaki いつも頑張っているけれど、それで本当にCAになれるの?」

エアライン業界に何の興味もない彼からすれば、素朴極まりない疑問だったのだろう

確かに、受験と違いこの勉強をしたから夢が叶う、CAになれる、そんな保証はどこにもない
ただ、私は目には決して見えない、お金では到底手に入れる事の出来ない、「自信」というものに、一度でいいから身を纏ってみたかった 何かをやり遂げたという自信 それが異国の地であれば尚更 その自信は私にきっと何かをもたらしてくれるから

挑戦する所に新しい私がいる
新しい私は必ず輝いている

頭の片隅にある、こんな想いが私の「精一杯」を支えていた

又私は留学前、会社の先輩から言われたこんな一言を思い出す

「保険にしがみついていたら、結局何も得る事が出来ない」

当時尊敬する祖母から言われた言葉がずっと私の心に重くのしかかっていた
「せっかくいい会社に入ったのだから辞めるなんてもったいない それは貴女のわがままよ」

そんな私の迷いを打ち消すかの様に先輩がかけて下さったこの一言
私は、留学先でこの言葉を片時も手離す事はなかった

何も知らないという事は時に果てしない力を生み出す
新卒の方々の真っ直ぐで真っさらなエネルギーは、いつの時代も不可能をも可能にする威力に満ちている
しかし私はこうも思う 

恐怖を知った者のチャレンジこそが本当の勇気なのではないか、と

社会の厳しさ、現実の厳しさ、年齢の不安、今ある環境を手放すという事
あらゆる恐怖を知った上で、敢えてのチャレンジ! それこそが真の勇気!!

可能性とは誰にでも平等に与えられているもの
ただそれを生かすも殺すも自分次第
つまりは自分の心の持ち方、夢へ向かう姿勢で決まるといえるだろう

「絶対に夢を叶えたい!」そう思うなら夢は決して遠くないはず
でも心に迷いや焦り、マイナスな発想があると夢の実現の妨げにもなりかねない
すべては自分のマインド次第
一度きりの人生、悔いの無いように・・・

「私にはCAになれる可能性があると思いますか?」

彼女の想いに私はそっとこう答えた


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