「自分がどういう服が好きなのか、どんな服を選んだらいいのかすら、もはやわからなくなってしまったんです」
先日生徒さんの口からこんな言葉が飛び出した
髪の色は○番まで スカートはひざ下何センチ メイクは決して派手にならない様に
業種にもよるとはいえ、こんな事に縛られているうちに彼女は自分が一体どういう服が好きなのか、ひいては自分がどう在りたいのかすら、分からなくなってしまったのだと言う
「社会人」というものを長く続けていると知らず知らずのうちに会社の色に染まっている自分に気付く
いや、気付けるうちは、まだいい
いざ違う世界に飛び込もうとした時、自分の色がわからなくなっている それに気が付いた時、その事がいかに怖い事であるかという事を人は初めて知るのだ
どういうわけか、私は「人から好かれたい!」や「他人が自分をどう思っているか?」を全くと言っていいほど気にしない
生まれ持った性格もあるものの、恐らくそれは育った環境に起因すると言えるだろう
私は父の仕事の関係で幼少の頃より転校を繰り返して来た
その数、実に幼稚園2種類、小学校5種類に及び、それだけでも周囲から十分に驚かれるものの、自他ともに認める一番の驚きは「制服を着ない自分自身の姿」だろう
同じ日本とはいえ、言葉も違えば文化、風習も違う 持ち物一つとってもかなりの違いがある中で、制服も又子供にとっては大きな問題だった
しかし又いつどこへ転校するかわからない状態で、いちいち全てを揃えるわけにもいかない
小学6年生の時通った学校では、私はなんと全校生徒が揃いの制服に身を包む中、一人私服で登校する事となった
そこには「人は一人一人違って当たり前 皆と同じだから安心というのではなく、もっと自分に自信を持って堂々と生きなさい」という母の教えがあった
明らかに「異質」な存在である私に周りからの好奇の目は切り離せなかったものの、だからこそ自分自身と深く向き合い、自分の強みを誰よりも磨き、何より力を蓄え周囲からの信頼を得る事、又ハートを持って接すればどんな土地でも温かさを感じられるのだと私は幼少の頃より心に刻んだのだった
加えてカナダでの生活がそんな私に更なる力をくれた
あらゆる人種、文化が混在する中で多文化共生の大切さ、「違い」を認め合い、尊重し合う精神を学び、それは同時に自身のアイデンティテーを模索し確立して行く事にも繋がっていった
新しい世界に飛び込む時、新たな一歩を踏み出す時、人はとかく他人の目を気にしがちだ
「CA/GSになりたい」そう人前で宣言するのは憚られる 新卒の方からはそんな言葉をよく耳にする
又年齢や現実、今ある環境からの変化という意味で、既卒の方はこれに輪をかけて周囲の視線がつきまとう様子
でも大切なのは「他人の目より自分の目」
自分が自分をどう見るか
自分がどう在りたいかが全てなのだ
運命とは創るもの
これからの自分を、自分で叶えて行こう!
クラウドナインHP