子供の頃から目がキョロキョロと動く子だった
周りからは「落ち着きがない」といつも注意を受ける
そう、私は昔から、意識か無意識かのうちに物事を「観る」癖があった
又、感受性が人一倍強い子供でもあった為、人が1感じるところを100は感じてしまう
しかし時にその性格が自分でも厄介だと思う事もあった
でもある人から言われた、たった一言で私は変わった
「それは贅沢な悩み その感受性、将来に活かさないとね」
「どういう人がCAやGSになれますか?」
その答えはとても一言では語り尽くせない
ただ、CA・GSに限らずとも、いつの時代も「選ばれる人」とは、つまるところ「この人の事をもっと知りたい!!」そう思わせる魅力のある人ではないだろうか?
「この人の事をもっと知りたい=また逢いたい人」であり、「また逢いたい」と思われるからこそ、1次試験→2次試験→最終試験へと自分を表現する機会を与えられ、遂には、「もっと知りたい」→「共に働きたい人」として選ばれて行くのである
では周囲から「もっと知りたい!!」そう思われるためには・・・?
私はふとある2つの案を思い浮かべた
私が思うその第一条件とは「ギャップ」
いわゆる「思った通りの人だった」「見たまんま」だと人はそれ以上その人に興味を持たなくなる
「想像していた人と違った」「意外ですね」そう人から言われたらしめたもの!!
その「想定外」の部分を更に磨き、是非とも極めて頂きたいものだ
生徒さんに指導させて頂く時、私はまずその方の一般的なイメージをある程度固める
次にそのイメージを良い意味で覆す、その方の「本質」に迫る為、とにかく出来るだけ多く彼女達とコミュニケーションをとる
何気ない雑談にはヒントが沢山詰まっていて、そこから彼女達が自分でも気付く事のない「ギャップ」を探る
「動」をイメージする人なら「静」を 「陰」を感じるなら「陽」を引き出す
それこそが、人を惹き付けて止まない最大の魅力へと繋がる事を何より私自身が一番よく知っているから・・・
次に挙げるキーワードは「多彩」
ここで敢えて「多才」という言葉を使わなかったのには理由がある
私のいう「タサイ」とは、「才能」ではなく「彩」 多くの色を持つ人という意味で「引き出しの多さ」をイメージして頂きたい
かつて教え子の中に、惜しくも最終試験で航空会社への夢のパスポートを手にしそこねた学生がいた
彼女は非常に優秀で、不合格の理由をいくら考えたところで見当もつかない そう周囲はもらした
「敗因は次の勝因を創る」
私は考えた 成績も人柄も申し分なし そんな彼女なのに一体何故・・・?
すると一つ思い当たる節に辿り着いた
専門学校で講師をしていた頃、私は必ず「世間話」から授業をスタートさせた
「5分遅れて教室に入り5分早く授業を終わらせるのが生徒に対するマナー」と豪語していた面白い先生がいたが、それは全くの間違いではないだろう
私もそんな自分の中のルールに従って?いつも通りくだらない雑談から始める
多くの学生は世間話の時は目を輝かせながら聞いているが、いざ授業へ入ると途端にがっかりとした表情になるものだ(たぶん?)
しかし彼女だけはその反対だった
教卓からクラス全体を見渡すと、実に生徒一人一人の表情が本当によくわかる
彼女は一刻も早く「就職に必要な授業」に入って欲しいとばかりに、雑談の時は全く興味を示さない様子
しかし、私もそこはプロ
このくだらない雑談の中にこそ、多くのヒントを散りばめてあり、そこから常に何かを感じて欲しいと願いながら話の内容を毎回考えているのだ
それは又人生にも同じ事が言えるのではないだろうか
一見寄り道と思える事に答えがあったり、無駄と思われる事が思わぬ成果に繋がったりするものだ
目に見える必要な事にだけに心を奪われるのではなく、興味のない事にこそ敢えて興味を持って、無意味と思える事こそ、むしろ自ら楽しむ事で、自分の中にある引き出しはどんどん満たされていく 私はそう考える
クラウドナインHP